2016年11月30日水曜日

北陸新幹線延伸ルート。

とっても久しぶりにブログ更新。
最近話題になっている?北陸新幹線延伸プロジェクト。
ちょっと気になるニュースが出ていました。(こういうお仕事もやってます)



○ニュース
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6222645

国交省の試算に対して、なんとしても舞鶴ルートに持ち込みたい京都側の、反論する内容ですね。
一昨年舞鶴訪れた時には確かに侘びのある風景だなぁと感じざるを得ないこともあり、個人的には日本海側はもっと元気になって欲しいこともあるのだけど、今回の試算はちょっと自分達が得意な観光を活用しすぎなのでは、と感じてしまいます。
だって
小浜ルート 1.1→1.5
舞鶴ルート 0.7→1.6  (しかも対象としたやつは0.6)


一般に、鉄道の費用便益(社会にとって良いこと)は、利用者便益(移動時間が短縮、移動費用の削減など)、供給者便益(収益改善)、△環境改善(自動車→鉄道によるCO2削減など)で計算されるんですが、
これに伴う企業の立地の増加(アクセス性の向上によるお引っ越し)や、観光客の増加に伴う効果、労働生産性の向上、といったいや、きっとあるでしょうよ!というものは、正しくそれを計算する手立てと根拠が薄いことから日本では計算の値に入れていません(日本はわからないものは基本省くスタイル)。
※こういう新しい指標もガンガン入れて行こうぜ!というのがイギリスやニュージーランド。

それと、一般的には今移動している人だけが移動する、というスキームなので移動は常に取り合い。どこかが増えればどこかがその分奪われて減ります、というのが基本スタンス。。なので、今まで旅行はせずに家にいたけど、新幹線できたし旅行とか行ってみるか!とか、新幹線出来たから日本海側にも顧客探すか!という効果は計算されません。

ということもあって、こうしたほんとは効果あるでしょうよ!というのを全面に計算したのが今回のニュースなんでしょう。

今回は恐らく、
・新幹線開業に伴う観光目的の人数に対して、観光消費者単価をむりくりかけて観光消費を追加
・土地利用交通モデルを使って企業立地がどう変わるか

で計算しているのではないかと(報告書読まないとわからないけど)。

国交省の結果をみていると舞鶴ルートは
・輸送密度低い(要するにお客があまり乗らない)も所要時間も長い→利用者便益が出にくい B↓
・距離が長くて建設コスト高い→費用が高いのでC↑
∴ B/C低い
という結果。結果だけ見てると至極真っ当な気がします。

ただ、これではいかん、ということで特に観光の移動に着目して小浜ルートで数字が出ない観光目的に着目して、観光消費を載せているのでしょう。

国交省の結果では、南周りの方がB/Cが小さいのに、今回の京都の試算だと、南周りの方がB/Cが大きいというのも、恐らく奈良を通すことで、奈良~京都の観光移動量が元々大きいというデータを上手く計算結果に取り込むことを狙っているのかと思います。
このルートであれば、今奈良から京都移動する人が新幹線使って移動する可能性があるので、その分の利用者がみんな観光するとして、結果便益があがるという試算なのかなぁと。

企業も、製造品出荷額とかが小浜よりも多いことに着目して、勝負しているんでしょうね。

現在の便益分析は確かに欠けていることも多いし、波及的な効果を全部載せられないとか、そもそもデータがめっちゃ古いとか(今の移動の基本データはH22のもの。新幹線が出来るころには20年後なので、未来がその時の移動をベースに作っていいのかというのは大きな疑問だけど、それに代わるデータがまだないのです)諸々あるんだけど、反論材料としてはちょっと弱いしつらいのかなぁと思います。
恐らく、この試算値をベースに舞鶴ルートになるなら、京都府はJR西日本に補償費払わないといけなくなるのではないのでしょうか。 ただ、仮に小浜ルートになるなら、小浜~舞鶴で特急通してあげるとか、そういうのあった方が良い気はしますけど。

○国交省の結果
http://www.mlit.go.jp/common/001152043.pdf

2016年1月18日月曜日

色々見たもの聞いたもの。

ずるいけど、こういうリハビリも、まぁありということで。書いたは書いたのでFBから転用。

身近に面白い書き物を沢山する人がいるので、そういうところをひそかに目標にしつつ、そもそもまず書くという行為じたいを復帰するということをまず目標に。

てわけで、年が明けていくつか見たものを備忘録的に。今年は新年早々色々と良いものに巡り合えている気がする。

【音楽】
パリ留学時代からの知り合いであるHiromi Arasakiとその姉であるNarumi Arasaki​の姉妹による連弾コンサートを。(お二人は連弾でフランスで賞取るくらいなので、まぁめちゃくちゃ上手いわけなんで、僕みたいなへっぽこ音楽かじりが何か言うのもおこがましいのだけど、)これまでコンサートに行ける機会が殆どなく、どちらかというと飲み友達、みたいになっていたのですが、初めての連弾で初めてひろみちゃんの音を聞いたんだけど、力強く、でも包容力あるメロディを凄いうまく響かせるひろみちゃんと、絵を描くみたいにパレットに色んな絵具垂らすみたいに調和を楽しむなるみさんの、二人とも全然違う音色なのに息があっていて、連弾ってこんな面白い表現手法なのか、と素直に面白さに惹かれました。ピアノ→クラシックギターになった身として、ギターに比べてどうしてもピアノの音の音色の幅は小さいと思っていたのですが、ピアノの音色ってこんな色んな弾き方あるのね(まぁ僕の知識が足りないのと、ピアノの素養がなかったってのが大きいのですが)って感心する素晴らしいコンサートでした。
http://arasakihiromi.blogspot.jp/

【書籍】
悼む人→天童荒太のずっと読みたかった作品。永遠の仔を読んで衝撃を覚えて、孤独の歌声やら家族狩り読んで、悼む人にいたったわけですが、彼の家族と、過去のトラウマの話だけでなく、死と、自分とひたすら向き合い続けるある種つらい後ろ向きな話を何故か新年早々読んでいたわけですが、静かな物語だけど訴えかけるものは非常に多く、小説以上の何かを感じる作品でした。

包帯クラブ→悼む人読んだ流れでやっぱり天童作品は全部読もうと思って(静人日記と溢れる愛と一緒に購入。歓喜の仔も購入住み)読んだ作品。悼む人に通じることはあるけど大分軽い文章でほんとに同じ人が書いたのか、と思うけど通じるものはある。多分もっと若い時に読むともっと影響受けるけど、でもどこかで感じる事があるのを文章化してくれたって感じがする。

【展覧会】
肉筆浮世絵→最終日にふらっと。正直美人画にはそこまで興味がなかったのだけど、これまで想像したことなかったダイナミックな着物の書き方(着物だけ線が太くてダイナミックなポスターアートみたい)とか(懐月堂度繁「立姿遊女図」とか)、18世紀初頭の着物の華やかさと色彩センスとか、面白い発見がいっぱいあった。いわゆる浮世絵の細い線で構成される前に、もっと漫画タッチの、人より着物が主役みたいな絵があったのを知った。(実際江戸の美人画ってみんな同じ顔してて区別つかないし)
後、初めて見たけど、小林清親の頼豪阿闍梨という絵はドラクロワみたいな構図とインパクトでありながら浮世絵という非常に残新で日本画への移り変わりを表しているようなすごい面白い絵に出会えたのは収穫でした。なにより、その後錦絵の展示を見たけど肉筆とクオリティがぜんっぜん違う。肉筆を100展くらいみたのでまひしてたけど、すごいいい展示だったんだと思う。
http://weston.exhn.jp/exhibition/
黄金展→俺は金と装飾に興味がない。

【映画】
エピソード7→なんだかんだ興奮した。ファン向けのムービーなところは否めないけど、ファンとして大いに楽しめる作品だった。テーマとして銀河戦争でシリアスなのに、いつもふふっとなるコメディをさりげなく噛ませてくるところがなんとも素敵でした。3Dで見てよかった。迫力満点。

キャッチミーイフユーキャン→ずっと気になってて今更ようやく見たけど、ディカプリオとトムハンクスの掛け合いとテンポの良さとストーリー展開と、いわゆるとてもよくまとまったいい映画でした。オープニングの作りもよかったなぁ。タンタン3Dもスピルバーグだけどあのオープニングはカッコいい。

砂漠でサーモンフィッシング→これは賛否両論あるんだろうけど、こちらも気になっていたようやく見れた映画。ちょっとおとぎ話な話なんだけど、そこに情熱注ぐ人達はなんというか見ていてあぁなんかいいなあと感じる映画でした。ちょっと馬鹿げてるかもしれないけど、でもやったるんだ、というところが個人的にはよかった。ユアンマクレガーはいいね。

と思ってふと外をみたら雪が降り始めていた。

今年もお勧めの本や、展覧会や、映画や音楽やら、色々声をかけて頂けると嬉しいです。

というわけで、夢うつつはこのあたりにして、いい加減寝ないとな…

2014年7月5日土曜日

国立競技場問題

最近、段々よくわからなくなってきたけど、国立競技場問題だけこんなに紛糾するのはなぜなのかしら?しかも、デザインの話と採算性の話とスポーツ振興会の運営の話が全部グッチャになって応酬繰り広げられてる気がするんだけども。

デザインはまぁ色々あるとはいえ他のスタジアム案が圧倒的に優れていたとも思わないけど、議論が起こること自体はいいことだと思うんですよ。いつか、モンパルナスタワーの時のパリみたいに、景観として、東京の都市計画の最大の失敗とか市民が語れるようになるならそれはそれで。

ただ、スカイツリーの方が東京中の景観を破壊しながらそびえたってると思うんですが、あの時、できてから反対運動とかあったっけ?それこそ、隅田川の帝都復興の近代遺産である橋梁群の景観にあいつが視界に入ってくることの方が嘆かわしいと思うんだけど。
どう考えてもデザイン的にも美しいとは思えない。
なんで、こっちは喜ばれて新国立競技場問題はここまで紛糾するのか。


それに、今まで日本の景観で絵画館の話がそんなに大々的に取り上げられてはいなかった気がする(勉強不足かもしれませんが)し。東京を代表する空間として絵画館が取り上げられたことなんてあるのかしら。
それとも、日本国民が大分景観について関心を持つようになったのでしょうか。
それでも、まだアニヴェルセルがさくっと建設されてしまうような状況を考えるとそこまで行ってるとは到底思えないけど。

さらには、段々工費や採算性の話になってきてるけど、そもそも公共財なんだから採算取れること前提にするのもどうなのかと。
スポーツ振興会の運営は色々問題あるとして、段々議論のすり替えみたいなのがおこっているのはちとどうなのかと思う。

結局は、2050年とか先の東京をどうするか、どうしたいかって中で新国立競技場がどういう位置づけになるのかって議論をしないといけないと思うんだけど、そもそもオリンピックを誘致する段階からそういうのは話しておくべきであって、今はもうそういうフェーズでもない気はするんだけどな。

2019年のラグビーワールドカップで使用することを考えるともう時間はほとんど残されていない気がする。

2013年12月8日日曜日

火災報知機

随分、ブログを放置してしまった。
その間にもアクセスはちらほらあるみたいで、なんかすいません。

技術コンサルに入ってあっという間に8カ月。

ついこの間、初めて最初からかかわった仕事が1つ終わりました。

のだけど、仕事のことはまたこれからちらほら書くとしてリハビリがてら別の記事。


昨日、家で火災報知機を鳴らしてしまいました。

家で解凍した豚肉を炒めていたら事件は起こったわけです。

解凍した肉なので、水分がはねて油が飛び散るのはまぁ、ある程度いつものこと。

確かに、豚肉を焼いている時に、フライパンの脇から火があがったりして、なんかすごいなーと思ってはいました。(この時は、油が気化して燃えているということにすら気付いていない)

すると、突如トイレの方(台所に立って、右手突き当たりにある)から異様な音が。
その直後に、”火事です”というアナウンス。

軽いパニック状態になりました。トイレから火の手が上がるようなものはうちにはないし、そもそもトイレからそんな警報音でるような装置はないはず。

な、何が起こってるんだ!? という焦りと一方で料理しているので手が離せない。目の前のキッチンでは火事は起こっていないわけです。

数秒して、ようやく自分の後背部の天井に火災報知機がついていて、それがなっていることに気付きました。

火災報知機の点検も入ったことないので、どんな音が鳴るかもわかっていなかったのですが、ここで要約事実認識。

次の瞬間にこのままじゃ消防車きてしまうがな!という次なる焦りにより、どうやって報知機とめりゃいーんだ!という疑問に。

幸い、火災報知機の真ん中に停止ボタンがあったので事な気を得ました。

消防車に迷惑かけないでよかったよ。

そのあとで、部屋全体に煙が充満していることに気づいて、陰干ししてたスーツとコートをしまって、全部の窓を開放。

してたら、豚さんはちょっと焦げてしまいました…。(大変おいしく頂きました)

火災報知機にしても、地震警報にしても、不安をあおるような警告音を出すように設計されているので、それはもう気付く意味では効果的なんですが、その音が何かがわかっていない(=準備できていない)と、警告音それ自体が未知なる恐怖を生んでパニックを起こしかねない、という事実を体験したのでありました。


うちの家のコンロは結構強火力なわけですが、火をつけて、ごま油をべーっと引いて、解凍した豚肉をサランラップから一枚ずつ取ってフライパンにのっける間に油があったまりすぎて、中華料理的な状態になっていた模様。
いつもと同じつもりで料理してたんですが、今日はフライパンのあったまり方が凄かったのかなぁ。
これがてんぷらとかだったら火事になっていたのかもしれません。

皆様もお気をつけて。。。

2013年6月16日日曜日

奇跡のリンゴを読んで思う事

奇跡のリンゴ を読んだ。

恐らく学生時代に農学部の書籍コーナーでちょっと見つけたことがあったのだろう。よくわからないが、ブックオフの100円コーナーでたまたま目について4月ごろに買っていた本をふと読んでみた。

詳細は省くが、なるほどプロフェッショナルに取り上げられるだけの職人気質と、途中ぶつかる壁での苦労、それを乗り越えて生み出した奇跡の無農薬リンゴができるまでをドラマチックに描いている。

すこし、あまりにもシナリオが出来すぎているのではないかという部分すらあるがそこはよくわからない。

リンゴというのは非常に無農薬で作るのが難しい食物だそうだ。キュウリもそうらしい。他の有機野菜とは違って、ものの見事に病気や害虫にやられて花がさかなくなってしまうらしい。花がさかねば実は付かない。実が付かないと受粉に失敗したということで翌年の花が咲かなくなってしまう、という負の連鎖性があるそうだ。従って、農薬をまくというのはリンゴ農家にとっては常識だったそうだ。

それを、土にこだわり自然状態に近い環境を作ることで、無農薬での栽培を可能にしたという物語。

じゃあなんでリンゴは無農薬栽培ができないか?という話は奇跡のリンゴにはでていない。他に無農薬野菜色々あるじゃん?と思うのだけど。

当然本来なら知るよしもないのだが、たまたま読んでいる本でリンゴの特性が書かれていた。
マイケルポーランの「欲望の植物誌」という本でアメリカの植物関係のジャーナリストが書いている。彼は、非常に素敵な文を書く人である。名著、雑食動物のジレンマはとても面白いので是非読んでもらいたい。

閑話休題。

その本によれば、リンゴとは本来遺伝子の多様性があり、野生のリンゴは同じものが出来ないらしい。種から植えれば子供は全く別のものになっていくそうだ。味も、実の付け方も全然違う。
今あるフジみたいな我々がよく見かけるリンゴのブランドはしたがって全て接ぎ木である。甘いリンゴというのは品種改良によって作られ、それがクローンとしてずっと定着しているのである。その結果、遺伝子的な成長はないため、害虫や病気などに対して時間をかけて切磋琢磨することはなく、相手側だけがどんどん進化してしまうこととなった。だからこそ、農薬などでカバーしてあげないと耐えられない非免疫的な植物になってしまったのだそうだ。
(ちなみに、もう少し付け加えば、リンゴが当時アメリカで爆発的にはやったのはジョニーアップルシードと言われる男のおかげで、その当時のリンゴはまだ酒として飲むものであったからこそタネ生まれのリンゴがたくさん育ち、一気にリンゴが人間界での地位を握ったそうな。しかし、実を食べることが主流として定着した今、リンゴは再び脆弱性を抱えるようになった、というお話。)

そんなわけで、リンゴには農薬が不可欠である。
だからこそ、木村さんはキセキと言われている(はずなんだけどそこはさらっと流されている)。
という話があるとプロフェッショナルとしての凄さがもっと聞くんじゃないかなぁとか思ったり。

とはいえ、そんな奇跡を起こした木村さんは、自信の劇的な生き方と相まって、今ではちょっと成功に満ち溢れたかのように書かれている。その方が面白いし。

なので、それだけ読むとなるほどこれは凄い!となるところなのだが、エピローグを読んで気になることがあった。今はいたるところで引っ張りだこになった木村さんが無農薬栽培を講演して回り”それを実践した農家はみな今までよりも豊作になっている”という記述。本当にそうなのか?

無農薬栽培に至るまでの木村さんの苦労は計り知れないものがあったのは本からも凄い伝わってくる。成功のカギになった、自然状態の観察眼を養うのには極めて長い時間を要している。というところを(体験的に)すっ飛ばして、いきなり無農薬にするのは極めてリスキーであり、自然の流れを読み切れないと結局害虫に蝕まれてしまうのではなかろうか。きっと失敗している農家もいっぱいあるはずだ。そうじゃなかったらみんな江戸時代から明治になっても昔ながらのスタイルでいたはずなんだから。

リンゴが木であることも大きいのではないだろうか。木であるが故に毎年根っこから引き抜いて種をまいて、、、という野菜とは違って、いきなり雑草とヨーイドンで競争することはない。夏休み働いていた農家でも、有機栽培で化学肥料は一切使っていなかったけど、雑草の方が成長が早いのである程度苗がしっかりするまではハウス栽培をし、さらに初期のころにきちんと草むしりして苗が雑草に負けないようにというのが徹底していた。恐らく稲作も同じだろう。それを、たんに肥料もなく、無農薬でやるのが素晴らしい、という形で書くのは世間が農業に誤解を招くのではないだろうか。


そもそも、無農薬栽培は果たして本当に善そのものなのだろうか。ほぼ確実に農家の負担は増えるはず。自分で様子をきちっと見ないといけないうえ、土の中の栄養は雑草などと取り合いになるとすると、収穫量も減るのではなかろうか?
本の中では美徳的に書かれていたので、結局収入がどれだけ増減したかは書かれていないがそのあたりはどうなっているのだろう。
それに、無農薬栽培が我々消費者にとって本当に善だったとして、その改善に見合ったコストを本当に払ってあげているのだろうか?
有機農業をやっている農家や一般農家がどう感じているか、是非とも質問してみたいところである。




2013年5月28日火曜日

びじゅつかんりてらしー

昨年は美の国フランス、或いはその周りの欧州諸国にて学生特権(学生は美術館無料ってところが結構多い)を存分に享受していた反動で、日本で美術展に金なんぞ払ってられるか、割に合わん!って気持ちだった。
ので、記憶が確かなら特撮博物館しかいかなかったのだけど、今年度入ってからはさらにその反動なのか随分展覧会を見ている。
ミュシャ、ベーコン、ルーベンス、猪熊源一郎、平山郁夫、クラーク美術館、プーシキンとまぁ見てきたわけで、今回見たのは豊作だったのが多い。

ただ、特に猪熊・平山の両美術館を見て感じたのだが、日本の美術館ってなかなかある特定の画家についてじっくり見れる場所がない。

恥ずかしながら平山郁夫も猪熊源一郎も殆ど知識もなく、とはいえ名前は知ってるしせっかくだからとそれぞれ訪れたわけなのだが、作品が非常に少なくて、結局代表的な作風があまりわからないまま終わってしまった。特に平山に関しては、若いころから晩年までさーっと流してはいるものの、本当に小学生の時の絵とかもあるせいで、肝心の画風が固まるころの絵はほんの2,3点。面白いなぁと思った時には終わってしまった。結局お土産の絵をみてこういう絵を描くのかと納得するというありさま。

あぁ今回は残念だったなぁというところで思い返して他を振り返っても、岸田劉生ならここ!とか梅原なら!とかそういう美術館ってなかなかなくね?と気づいた。東博行っても、東近美行っても、1,2枚は見れてもそれで終わっちゃう。結局どこの美術館に行っても1~2枚ずつしか見れないから結局イメージが固まらないまま、或いはその人が好きになるってわかる前に離れてしまって結局定着しないかのような。

例えばヨーロッパだと国内の有名画家はだいたいたっぷり持ってるもんで、オルセーでの印象派とか、ルーブルのドラクロワ、ベルギー王立でのルーベンス、ブリューゲル、マグリッド、オランダいけばゴッホやレンブラント、英国のターナーetcとまぁ、そこの美術館にいけばその人の作品が沢山見れるので、この人の絵は好きだ、嫌いだ、こんな絵描くのか―、なんてのがそれなりにわかるし、自分の中でベースが出来上がる。

まだ画とかよくわかんねーなぁという17の終わりに、フランスで沢山の絵を見て、オルセーでモネを沢山見て、この人の絵いいなぁと思ってお気に入りになったサンラザール駅を通り、ルーアンにてルーアン大聖堂の実物みてという体験との組み合わせで自分は画が好きになったわけだが、その時もこの作家はこんな絵書くんだってのが色々蓄積されたからこそ自分が好きな画がどんなものか、誰が好きなのかわかった気がする。

でも、日本ではそれがなかなかなくて、いい美術館であっても流れは理解できるけど自分の中の基準はなかなか作れない。ポーラも、国立西洋美術館の常設も素敵だとは思うけど、一人の画家の作品は限られるし美術館の大きさがそもそも違うってせいで意図的に作品絞っているし。
それにしてもあんまりではなかろーか。

自分の乏しい知識でいえば、唯一北斎に関しては、まとまって見れるところが沢山ある(津和野も小布施も楽しかった)のだが、それは彼が超多作だったからにすぎず、後は広重にしても大観にしてもなかなかまとまってみれたもんじゃあない。

先日のベーコン展で初めてベーコンがどんな画を描くか(作品はむずかった)、まがりなりにも理解が出来た。

でも、未だに平山郁夫も横山大観もまとめて作品みたことないからぼやーーんとしかイメージが出来ない。本当に好きか嫌いかもわからない。人の名前がついた美術館も本当に小さいのが多くてなかなかわからない。(大学の裏にそういえば横山大観記念館あったけどあれも明らかに作品数すくなさそうだし)


どうして日本ではまとまって見れないのだろうか?

日本を代表する(?)であろう東京国立博物館の常設展のコンセプトが日本美術の歴史を最古から今まで見せる、というものであるが故?

それはそれで1つの大事なあり方だとは思う。けれど、今の日本の展示方法だと、色んなもの見て、どれが好きかもわからず、とりあえず展覧会に行く、となってしまったり、せっかく展覧会みて気に入った人が出来てもその人の作品をまとめて次に見るのはもう何十年後になることか。。。みたいになりかねないのではなかろうか。国外のレアな人ならともかく、国内の画家にたいしてですらそれはあまりに悲しい。浮世絵は流出してしまったかもしれないが、近代画家もみんな作品出て行っちゃったの?

せっかくなら、基準を作ってあげられるだけの作品を見せる。そのうえでこその特別展で美術館展や、普段はお目にかかれない作家の展覧会をみれると勉強になるんじゃなかろうか。



2013年5月2日木曜日

農家日誌⑧

ずいぶんと放置してしまった。

農家日誌(①~⑦)もなんだか途中で止まっていた気がするが、ほかに当時何を書きたかったか思い出せないのでひとまずこれで終わりにする。

途中で腰を痛めてしまって、結局1か月のところを2週間でギブアップしてしまう(腰痛はそのあと1か月弱続いた)という情けない結果になってしまったが、得るものは大きかった。


農業回帰宣言、農家にIターン、農業を仕事にetcなど色んな話は出ているが、原則的にそういったものは”都市の人間”がみた『農家』であって、大きな幻想も含まれているように思う。

農業風景の美しさの裏には大きな労働負担がある。棚田はきっとつらい。平坦な畑で10時間働くだけで体は相当疲れ切る。いい年した男が、22時には限界で寝てしまうくらい。

流通も、サービスも、全部やろう!という本やスローガンはたくさんある。しかし、6次産業とはいうが、いざ加工業を始めようとすれば冬場も人を雇わないといけない。そんな余裕は小さな農家にはない。

土地を集約して増やせ、というのは僕も雇い主にそうした方がいいのでは?と伝えたことがある。しかし、土地をめぐる思いは色々とあるようで、隣の人には意地でも貸さない!それならお前に貸すといって飛び地や少し離れた場所の土地を借りるということはままあるらしい。制度的にはそうかもしれないが、それだと断固として動かない人もいるのもまた事実と言われてしまった。

有機農業が都市だと好まれるが、有機農業に求める形のきれいさは農薬農業の時のそれと変わっていない。まがったキュウリも大根も受け入れられない。少しでも形が崩れると廃棄になる。

生産者はとても弱い。自分が作った野菜を売るにも赤がでる。買い取ってくれるが利益は0、それでも自分が育てた野菜をつぶすなんてのはつらいから、意地でも出荷するなど考えられるだろうか。どんなに値崩れしてもJAの手数料は変わらずとられるし、輸送費は3割ほど占められる。途中の輸送、小売りの方が圧倒的に強い。


食糧自給というのは生命の根幹を揺るがすもの。もっと農家の地位は上がっていいのではないかという思いを抱きながら実際に農家に飛び込んでみたわけど、まだまだ現実は厳しいものだった。
なんとか食べていける!という農家でも季節契約でスタッフを雇うのが限界ではないか、というくらい。

スーパーでみかける野菜がなんできれいで、どうしてこんな整った形をしているのか、という見方をすることができるようになった。ほっとけばすぐまた当たり前の光景になってしまうあの陳列棚を、こうした目で見続けることができるだろうか。