2010年12月4日土曜日

公共意識

こっちにきて、改めてだけどくすぶっていた公共のあり方の”ずれ”みたいのが昔よりはっきりと感じられるようになってきた気がする。ただ単に自分が勉強不足だからな気もするんだけど、まぁそれはしょうがない。

今まで旅行してきてなんとなく感じてた違和感が、人と喋ったり、現状を見ていると多少具体化してきたような感じ。

この国の公共の考え方はなんだか日本のそれとは違う。

パブリックスペースはみんなのもの、だからみんなの所有意識がある。
というのはこっちでも同じなのかもしれないけど、彼らはだからって積極的にそこを綺麗に使おうなんて気はさらさらない。みんなゴミもポイポイ捨てるし、気付いたらゴミを拾ってみたいな意識もない。

コミュニティも、日本みたいな自治会組織は聞く限りだとないそうだ。
アソシエーションという、趣味クラブみたいなのはフランスには沢山あるそうだけど。だから、ボランティア活動みたいなのが沢山作られる形で、それに国から補助金が出たりする。しかも自分達がやりたいことをやるのでみんなやる気に満ちているそうだ。

じゃあ、誰もがやりたがらないことは一体だれがやるのさ?
 日本の自治会みたいにみんなで嫌なことも多少協力してやるもんじゃないの?掃除当番とかさ。

との自分の問いに

それは、公共がやる仕事でしょ?

という一言がさらっと返ってきたのだが、自分にとってはえらく新鮮な返答だった。

だから、マンションの前の清掃も、隣三軒両隣を毎日掃くというちょっと昔の日本の良き伝統?も存在しない。

パブリックスペースも、管理するのは公共。

誰もがやりたがらないことをやってくれるのが公共サービス。だからそこに税金が発生する。
ちょっとわかってない部分もあるけど、大まかにはこれがフランスのロジックのようだ。

そういえば、こっちの国は掃除当番なんて存在していない。日本だったら小中高で掃除をするなんて当たり前だったけど。。。

コミュニティ薄弱と言われている日本だけど、フランスには日本が言うような地域の”コミュニティ”みたいのはあまりないんじゃないだろうか。まだ観察をしたわけじゃないからわからないけれど。

となると、今”公共意識”をとか、”市民に所有権を” といった考えは完全に日本オリジナルのものなんだろうか?何を規範にして目的設定がされたんだろうか。

こんな疑問を抱くのは、日本が目指すパブリックスペースの理想像に欧州のそれが見え隠れするように感じてしまうからなのだけど。

つまり、目指すべきパブリックスペースや風景の姿には欧州のそれが見え隠れしているけど、でもそれを作っているパブリックのあり方や風景の在り方欧州のそれとは違う。
 
どうもここにすごい奇妙なずれ。ねじれが発生してるように感じる。
ねじれが発生してるのは自分の頭の中だけかもしれないけれど…。

そういう、日本が昔持ってた自分の公共への愛着心が明確に見えた風景と、今目指してるものはやっぱり違う気がするんだよな。なんか見えないところでねじれを強引に抑えつけてしまっているかのような。

公共物に対する愛着とかそういう意識ってフランス人にあるのかなぁ。 どっちかというと支配意識みたいな感じがするんだよなぁ…。和辻哲郎の風土みたいな。

スタート地点はきっとパブリック=全ての人のもの なんだけど
・日本はパブリック=全ての人のもの→だから、みんなで管理して、愛着もいつのまにか生まれる→それが内包される風景に
・フランスはパブリック=全ての人のもの→だから、公共が税金の対価に責任を持って管理する。それを自分達の所有物として使えるのはわれわれの権利だ!→それが内包される風景

のような感じなんじゃないかなぁ。それなのに、今の風景は何故かそこの最後の段階でフランスやヨーロッパのそれを取りこもうとしてるような図式が発生しているかのような…


愛着を持ってそこから風景を作るって考え自体は温かみがあるし、田舎の縁側で見られるようなコミュニティのあり方は非常に好きだ。
でも、それを発展させていってもできる風景は欧州のそれのような理想像とは違う気がするんだよな。
かといって、欧州の様なコミュニティのあり方が本当に日本に適合しうるものなのか?適合させうるものなのか?ということには疑念が残る。これはなんとなく肌で感じる違和感。

しかも、コミュニティ概念が変わりつつあり、元々あったコミュニティ概念と欧州のそれとの間でなんか宙ぶらりんになってるような日本の都会とかで、例えばそういうことをやると結果としてできる風景はどういうことになるんだろう。

篠原先生も著書で仰っていたが、日本のオリジナルはどこにあるのか?と問を立てそれに対して城下町だと答えていた。
随分ゆっくりとした足取りだけど、3年前の字面からの納得ではなく、思考の末にとりあえず辿り着いた気がする。それが本当に正しいのかはまだわからないとして。

2010年11月30日火曜日

発芽

まだまだ、フランス語で話す環境で深い議論はできるとはいえない中、話しながら色々新しいアイデア考えたり、考えてることを深めるタイプの自分にとっては、今日みたく日本語で議論できるのはとても貴重。

たまにがんちゃんとかと話すのもすごい刺激になるんだけど。

今日は専攻も全く違う、しかもうち一人は日本語で話すけど考え方は割とフランスな友達だったので、日本語でフランスと日本の比較を行ったことで新たな知見を得られた気がする。

気付いたら4時間あっという間に立ってた。 
というか、ある種のねじれ構造があるんじゃないかということに気付いた。正しいか知らないけど。

とりあえず芽は出た。 どう発展するかはわからないけど。

大事な目なので枯らさないように育てて行こう。

明日の宿題は終わってないけど、現在ノートにメモ書き中。

日本から遊びに来てくれた友達Jとシアンスポで勉強中のJ。ホーム対岸には俺とゆーだい。      
友に感謝だなー。

ちなみに、この子がパリにやってきた日に狙ったかのようにパリには雪が降りました。
ある意味なんか持ってるな…。









 

2010年11月28日日曜日

授業についてその2

つづき

水曜日(午後)
都市とメトロポリタン 2時間:ハードと有名な授業らしく、留学生がほとんどみんな避けた授業…。結構いるはずのスペイン人とブラジル人が殆ど誰もいません…。あれ?これ選択必修ですけど???
授業自体は、メトロポリタンの概念とかメリットとか、そういうことについて話しているもので個人的には面白い。そして、対話をかなり意識してる人なのでフラ語がもっとわかれば心底おもしろいんだろうが、いかんせん普段は3、4割いる留学生がこの授業だと2割弱しかいないので先生も話すのが早くてつらいうえ、ポスター発表のテーマが猛烈に重いので大変。試験も大変重いそうな。単位来るかなぁ…。
ちなみにこの授業だと3大メトロポールとして東京、NY,ロンドンがでてくるので、凄い日本が意識されてることがよーくわかります。ゴーンの関係もあって日産の話も出てくるし。先週は都市の在り方を変えたイノベーションでの話でエロ―キティがでてました。ハローキティじゃないのはフランス語のせい。

エネルギー。2時間:都市・環境・交通の3専攻、ようは学科全員が唯一全員そろう必修授業。そして、日本人3人も唯一そろう授業。鉱山学校(ゴーンが出た理系トップ校の一つ)の先生が授業しているんだけど…もう、猛烈につまらん。もともと日本にいる時から環境とかエネルギー系の授業嫌いだったんだけど、話がつまらない&すでに6時間近く講義受けてるのでもう集中力も持たないともう終わっている。
普段、フランス人は基本的に寝ないし、みんな結構真面目にノートとるのに、この授業に限ってはボーっとする奴、寝る奴、内職する奴とかなり無法地帯になっている。それくらいつらくつまらない、ポンにしては珍しい外れ授業。演習は授業内容から急に飛躍的に難しくなってるし説明少なすぎてよくわかんないし。マジ早く終わってくんねーかな…。

木曜日(午前)
流れ・網・地域 3時間。:選択必修のうちの一つ。ようは、交通とか流通ってのが地域にどう関連してるかってのを扱う授業。概念的なもの(国土学的な感じ)と理論面との2側面から取り扱うというもの。後半はまだやってないけど先生の話が非常にうまい。フランス語だけど、圧倒的に説明が上手いのだけはよくわかる。
必ずしも交通だけではなくて、CO2の流れとか、電線網についての話とか色々広くやってる。
授業の後半はグランパリで今度大学都市として拠点になるPlateau Saclayというポリテクがある地域において、交通網とかどうあるべきかとかを毎週少しずつ考えて行こうという演習を行っている。30分くらいしかないのでそんな深い議論はできないが、なかなか面白い。

木曜午後はお休み。

金曜日(午前)
・都市計画法 2時間×6:地獄。
配布資料なし。板書ほぼなし。3時間ぶっ続けで先生が大事なことばかりをひたすら喋る鬼畜な授業。
繰り返し話したりしてくれないうえ、ノートとるにはあまりに話すのが早くフランス人でも必死にノートとらないと間に合わない鬼畜授業。
こっちの都市計画において、階層ごとの計画がどのようなもので、上位下位概念とどうかかわっているかというのが今回のテーマ。後期は選択してないけど(しなくてよかった。選択しちゃったゆーだい乙)、もっと厳密に建蔽率とかそういうのとか、ケーススタディとかをみるのかな。
来週テストなんだよね…どうなることやら。

・法律入門 3時間:M1必修授業。留学生が集まる唯一の授業。6学科に散らばっているので。内容としては、毎回違ったテーマで各国の法律のプレゼンを20分×3くらいして(一人1回)、最後にフランスがどうかってのを先生が講義して法律全体に詳しくなりましょうって感じの授業。よくわからんが、最近フランスの事例が殆ど話されないまま各国のプレゼンだけを聞いて終わるので何がテストに出るのやら…。スペイン人とブラジル人がたくさんいるので、おかげでスペイン・ブラジルの法律とか状況に随分詳しくなりました(笑)


がんちゃんも書いてたけど数学的にはかなり自分みたいなエセ理系にとっては苦しいところ。授業は、とりあえず学科の授業は全体的に面白い。
必修は…。というのはどこも共通か。

後は、どの授業も結構演習を取り入れているものが多いので(負担は増すわけだが)、身に着けさせようという心意気はかなり伝わってくる。

おかげで、土曜日の今日は法律入門のプレゼンの話合い。明日は都市とメトロポリタンの身にレポートの話合いが再びあるわけだけど。

まぁ、それでもなんていうかものすごい目新しいことは今学期はやってない。だから結果としてちょっとその環境に甘えてた。
そもそも専攻が都市計画だから、今までの自分の興味の都合上全く知識がないって授業はかなり限られてるし、流体や統計なんかは一度やったことあるしと、正直なところ今学期はまだちょっと楽なほうだと思ってる。今学期中にだからこそフラ ンス語の精度を上げたいところなんだけど…。
そういうことを自覚して、もっと色々やろう!とやる気は11月に入ってかなりあがったものの、忙しさも比例してあがったのでまだバランスが取れていない。ほんとはもっと勉強しないといかんのよね。図書館で本を借りて本も読みたいんだけど、なかなか進まない。

9月2日にH瀬と一緒にパリ観光したさいに買った雑誌”都市計画”―グランパリ特集―もいい加減読みたいんだけど、今学期が終わるまでに読めるのだろうか。

2010年11月23日火曜日

授業についてその1

そういや、時間がないだのわーわーわめいてますが、こっちで何やってるかというと…。
基本的に、午前は授業は一つのみ。3時間半(90分授業×2の間30分休憩)。午後は2時間か3時間半(午前と一緒)のどちらかで構成されていて、8時半~18時半くらいで授業がある。基本は全13回。

月曜日(午前)
都市経済(後期開講なのでまだ不明)。3時間×6,7回:Economie de l'amenagement自体は整備の経済。国土整備の経済ってなってるんだけど、実際は都市経済なんじゃないかなーと踏んでいる。

月曜日(午後)
・フランス語ライティング。2時間:割と基礎的なレベルなのでそんな負担じゃないし、基礎で見落としてるところが結構見受けられるのでわりと勉強になる。一方で、ライティングレベルがこれですごい向上するかって言うとそこまででもない気はする。だいたい毎週宿題あり。

火曜日(午前)
都市・地域計画 2時間×9回。ヨーロッパを中心とした都市計画史的な授業。都市の発展形態(格子型とか放射環状型とかetc)を様々な都市を対象に概観(歴史的変遷とその構造)し、その後フランスの事例を見て、最後は都市計画手法を見るというもの。うちの学科の授業だけど、となりの建築学校で授業を行っている。先生もそっちの先生。
個人的に、今まで都市計画の本は読んだことあるけど、こういう授業は受けたことがないのでとても面白い。
あまり黒板に書かないうえ、黒板の字が小さい&くっそ読みにくいのと、パワポを見せてる時は完全にノートをこっちが取ってるということを忘れているので細かいところでちょくちょく置いて行かれるけど…。全く知識がないわけじゃないので、たまに自分の知識で補いつつ、なんとかという感じ。ノート提出が最後義務付けられているので友達のノートを毎週借りて補筆。そのせいもあってもっとも理解度&復習ができている。まぁ、だからといってテストができる保証はゼロなわけだが。
ちなみに、この授業を受けてると建築学校の女の子の方が可愛い子が多いのでちょっと凹む。

火曜日(午後)
・フランス語(会話)2時間:会話もしてるんだけど、どっちかっていうとフォニティックが多いのでぬるい。個人的には発音というよりは抑揚とかを直されます。ていうか、もっとゆっくり喋れってよく怒られる。宿題も少ないのでまぁ楽してる授業。

・統計学 2時間:基礎統計のおさらい。元々統計嫌いだったので授業開始後すぐ免除させてって直訴したけど手遅れだった。正直説明がヘタ&無駄に数学的なせいで大分混乱させられる。演習でRという統計ソフトを使わないといけないので、その意味では多少知識が増える&演習があるからある程度身に着くっていう意味では今まで逃げ続けた統計をちゃんとやり直すことになっていいのかも。でも授業はつまらん。この授業の裏で開講されてる航空関係のインフラって方がおもしろそう。

水曜日(午前)
・流体力学 3時間:流体力学ですよ。院試でも3年でもやった噂のあいつ。この学校、あのナビエストークスのナビエを輩出しているところなので、流体にかける意気込みはなんかすごい。なんか実験施設での実験もあるらしいんだよね。
3時間で13回と、東大の水理学の2倍のボリュームがあるので、やる内容は水理学と海岸工学+気象学+河川工学って感じっぽい。とりあえず、中間2週間前の現時点で乱流の流体力学(ナビエストークスとか混合距離仮説)がだいたい終わった感じ。
こ流体が曲者で、日本だとどうもアメリカ方式の説明を採用してるっぽいんだけど、こっちの学校は予備学校でさんっざん数学やってるせいもあって説明が恐ろしく数学的。ベクトル解析わかってないとさっぱりわからん。というわけで、当時まったくわからなかったベクトル解析を勉強するはめに。日本から工学部でもわかる数学を持ってきておいて良かった。
でも、テンソルや発散、回転、ストークスの方程式やら、線積分やら面積分やら、なんかもう数学が弱い理系学生にとっては必殺技(やられる方)のような言葉が毎回ポンポン出てきます…。

連続式もナビエ微小立方体使ってちょっとテイラー展開して後は足し算で証明できるやーん。と何度思ったことか。

長くなったし続きは次回。

ちなみに黒字はうちの学科(都市計画)の開講授業です。

2010年11月22日月曜日

牧野富太郎

牧野富太郎と言われても、基本的には内藤先生の牧野富太郎美術館がまず最初に浮かんでしまう。

内藤さんが喋るのを聞いて、牧野富太郎がとても高名な植物学者、というのは聞いていた。

wikiによると日本の植物学の父」といわれ、多数の新種を発見し命名も行った近代植物分類学の権威である。その研究成果は50万点もの標本や観察記録、そして『牧野日本植物図鑑』に代表される多数の著作として残っている。小学校中退でありながら理学博士の学位も得て、生まれた日は「植物学の日」に制定された

であるらしい。
その後も、特に牧野富太郎のことは意識していなかったのだが、先日、ほんのふとした折に自分のスマフォのマーケット(アプリおとす奴)で日本語のソフトが使えるのではないかという発想に至った。考えてみれば日本でもギャラクシーは展開しているみたいだし当たり前なんだろうけど、フランスで携帯を買ったというのもあって、何故かそういう発想は全く生まれなかった。

携帯でおとすアプリは時間つぶし用の下らんゲームとかだったのだが、家計簿のソフトを落としながら、kindleみたいに青空文庫の本、読めるんじゃない?と思って検索したら見事にヒット。

かくして、青空文庫リーダーをゲットしたのである。

ちょうどおとしたアプリはランクトップ500のデータがそのまま保存されているというもの。

あ、そういえば牧野富太郎…とかあるのかなと検索したら引っ掛かったのが

”植物一日一題”という本だった。

どうやら、真面目な植物の本ではなく、植物の命名の解説を軸としたエッセイ風の本であるようだった。

一つの植物ごとに話が変わるので非常に読みやすいし、なによりこの人の書く文章が非常に面白い。

文章の言い回しも面白いし、毒吐きがすごいのだ。

まだ、1割程度しか読んでいないのだが、思わずRERに乗りながら笑ってしまったのが次の文章。

狐ノ屁玉ヘダマ)、妙な名である。また天狗テング)ノ屁玉ヘダマ)という。これは一つの菌類であって、しかも屁のような悪臭は全然なく、それのみならずそれが食用になるとは聞き捨てならぬキノコ(木の子)、いやジノコ(地の子)であって、常に忽然として地面の上に白く丸く出現する怪物である。

植物学としての権威っぷりはわからないが、まったく興味の無い植物の名前を扱っただけの文章なのにぐっと惹きこまれる。

下は、ちょっと長いが、”キャベツ”についての全文である。おいおい、牧野先生そりゃひどくないですかwwwというくらいの毒っぷりである

キャベツ、すなわちタマナを甘藍カンラン)だというのは無学な行為で、科学的の頭をもっている人なら、こんな間違ったことはしたくても出来ない。
いったい甘藍とはどんな蔬菜かといってみると、それは球にならない、すなわち拡がった葉ばかりの Brassica oleracea
L. で、その中の var. acephala DC.(無頭すなわち無球の意)がこれにあたる。すなわち前々から葉牡丹ハボタン)といっているものである。これはその葉が牡丹の花の様子をしているからそういうのである。これは結球しない品だからこの品を呼ぶハボタンをタマナすなわちキャベツに用うべきでない。ゆえに甘藍はキャベツすなわちタマナではあり得ない。
右のキャベツすなわちタマナは Brassica oleracea
L. の中のものではあるが、これは葉が層々と密に相包んで大きな球になる品で、学名でいえば Brassica oleracea L. var. capitata L.(この capitata は頭状の意)である。
キャベツはキャベージ(Cabbage)の転化した言葉である。この Cabbage とは大頭の意であって、これは熱帯椰子類の数種の新梢芽が頭状に塊まっているので、本来はそれを Cabbage といったものだ。そしてこの
嫩芽わかめ)は食用になるものであって原住民は常にそれを食べている。そこで Brassica oleracea L. var. capitata L. へこの Cabbage の名を借り来ってそのタマナを Cabbage といったものだ。それがすなわちキャベツである。中国ではこのタマナを椰菜ヤサイ)と称する。それはもと Palms すなわち椰子類のものが Cabbage であるから、それでこれを椰菜としたものだ。が、この椰菜の名はあまり我国では使用しなかった。ただしその椰菜へ花の字を加えて花椰菜ハナヤサイ)となし、それをハボタンの一種なる Cauliflower の訳字となし、これは今日でも普通に用いている。今それを学名で書けば Brassica oleracea L. var. botrytis L. である。(botrytis とは群集してふさ)をなしている状を示す語)。
以上のようなイキサツであるから、このタマナ、すなわちキャベツを甘藍とするのは見当違いであることをよく知っていなければならない。古い学者、技師連 などは古い書物に書いてある間違いの影響を受けてその誤りを引き継ぎ、今日でもなお甘藍をキャベツ、すなわちタマナと思っているのはまことにオメデタイ知 識の持主であって、憐れ至極な古頭の人々である。総体物は正しくいわなければいかん。知識の奥底を見透かされるのはいっこうにゴ名誉ではござんすまい。

 



こんな感じで、微妙にマニアックな植物の知識がついたようなついてないような気がする、ちょっと珍しいタイプのエッセイ。自分はこういうアカデミックなのにいやに面白いエッセイに出会ったのは初めてかもしれない。

ついつい、寝る前に目覚ましを設定しつつ、1,2話読んでしまう魅力的な本である。

無料で読めるし、なかなかおススメです。

2010年11月21日日曜日

La nuit blanche

音量に注意


随分と、時間がたってしまったが、上の動画は10月頭に行われたLa Nuit Blancheというイベントでのインスタレーションである。

La Nuit Blancheは徹夜という意味。
この日は、パリ市内(他の地方でもやってる)で文字通り徹夜でインスタレーションを主としてアートやダンス、コンサートなどが行われる。
シテ島周辺、北東部、西部の3つのエリアで200個近いイベントが行われる。

全て無料。

しかも、パリ市が主催なのである。これがなかなか凄い。

アーティスト達も出店料は払っているのだろうが、夜間警備、アーティストの出典など全面的に市がバックアップしているということ。

まっこと大胆である。おおみそかとヨコハマビエンナーレを足して割ったような感じかな…。

そう、だから、メトロも動く。もともと1時2時までやってるのだけど、その後も5時まではストが起こらなくて有名な14番線と東西を結ぶ9番線が動いてくれる。

そんなバックアップを受けて行われるイベントに、助教のO崎さんの親友でパリで建築家として働いているK内さんという方と、その奥さん&成り行きでその奥さんのお友達とY大とでぐるぐる回ることになった。

19時頃からご飯を食べ、21時過ぎくらいからぶらぶら回り出したのだが、もうそれはすさまじい人の数。
ちょっとおもしろそうなパンフレットにでかでかと書いてあるイベントはとんでもない行列ができているのである。
多分まともにならんだら30,40分待ち。結局そういうのはみなかったのでどんなのが行われたのかはわからないけど、街中はこれでもかというくらい人で溢れていた。
下の写真は先の動画にも挙げたけど、サムソンのバックアップによる立体構造のインスタレーションの投影である。プロジェクター2台でなんでこんな動き作り出せるか全然わからなかったけどすごかった。
シテ島とサンルイ島というセーヌに浮かぶ二つの島を結ぶ橋で行われていたのだけど、下の人の多さがわかるだろうか?


とにもかくにもこんな感じでどこもごった返しながらイベントをやってるのである。




これは、パリ市庁舎にいろんな国の言葉でありがとうか愛してるかそんなのを飾ったライトアップ。正直普段のライトアップの方がカッコよかったけど…

後は、よくわからないけど謎の言葉をひたすら唱え続けるインスタレーションとか、小さな画像を壁に投影する奴とかetcetc

世界遺産の日でも感じたけれど、パリの人達はこういう文化イベントが本当に好きなんだなとものすごい感じた。

K内さんの奥さん、アーティストの方なのだが、彼らは自分の文化とかアイデンティティを良くわかってるのよねーというのが印象に残った。

無料であるから、気軽にいける。
街中の到る所でイベントをやるので、街中を良く歩く。結果としてさらに街の気付かなかったところに気付く。
アーティスト側も場所を提供してもらえるし、相当な大多数の人に見てもらえるから認知度は高まる。そのインスタレーションをみて、また芸術が好きになる人が増える。

素敵な作用が生まれている気がした。

パリ市の大胆さとパリ市民に憧れを抱いた、とても印象的な日。

1時になってそろそろ郊外線RERがなくなろうかという状態になっても人が減る気配はなかなかない。

K内さん達と別れて夜中の2時頃になって、ようやくすいてきたノートルダムに入ることができた。
これは、普段建物の中でしかみれないステンドグラスの輝きを、中からライトを放つことで外からステンドグラスの模様が見えるようにしようという企画。

中は下の様な感じである。これはまた、これでとても幻想的で印象的だった。





 日本にもこういうイベントがあれば、もっと美術とかの愛着が増すしいい機会だと思うんだけどな…。
アートイベントを細々とやるも、かなり小規模で良い相乗効果は生まれてない気がする日本の状況を振り返ってみると、 文化大国の維持を見せつけられたようで、感動半面、悔しさ半面。 文化資源やってる人にはぜひこの時期に訪れてもらいたい。
最後は肉体的にぼろぼろになりながら4時の深夜バスに乗って我が家にかえり、泥のように眠ったのでした。

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2010年11月19日金曜日

超ひも理論についての疑問

こんにちは。

今は特別授業週間で農業と水資源の間 みたいな授業やってます。
とりあえず灌漑をいかに効率よくやるかみたいな、ミクロスケールでの農業技術には興味がないことが判ってしまいました。ていうか単語わかんねーよ。すげぇ目を輝かせて解説される分余計悲しくなってくる。
食糧問題とか、もう少し広範囲のこと、水文学的なことはすごい楽しいんだけど…。



まぁ、それはいいとして、最近飯食う時に暇かつテレビもないのでにこにこで20分くらいのものを見てるんですが、たまたま”超ひも理論”の動画を見まして。

前から多少興味あったので(特に宇宙論)、ふんふんと思いながら見てたのだけど、やっぱり良くわからないことが多数。


とりあえず、見た動画の中で自分なりにわかったひも理論においては(間違ってたら教えて)

・量子力学には3つの力がある(強い力、電磁気力、弱い力)

・小さい世界の量子力学と宇宙レベルを扱った相対性理論を結びつけるための統一理論が必要

・アインシュタインが統一理論を作ろうと、がんばっていた。ひも理論はそれを解くものになるかも?やも?

・”ひも”は量子よりもはるかに小さいひも状の振動するエネルギー的なものである

・ひもの次元においては既存の4次元に加えて量子レベルで巻き取られた6次元=計10次元が必要。

・巻き上げられた6次元は小さすぎて普通の視点では見えない=認識できない。

・仮定する質量ゼロの粒子=グラビトン。量子レベルで重力を伝達する粒子

・この6次元の自由度が組み合わさってやれひもの動きや振動のパターンを決めている=フォトンとか電子も生み出してる

・M理論によってプラス1次元になって結局、計11次元によって構成されている。

・その結果、ひもだけじゃなくて膜までできた。(=メンブレーン)

たしか、ここまでは5次元の宇宙でもちょっと読んだ気がする。以下は・・・自分にはカオス。

・膜理論においては、宇宙もまたさらに高度な次元の膜の内部にあるごく微小な空間である(なんで?)

・ひもには閉じてるものも紐みたいなのもある(なんで?)

・端のひもはみんな膜にくっついてる(なんでだーーーー?)

・閉じてるもの=グラビトン。グラビトンだけは他の空間に行きき可能(…涙)

・それを検証するために加速器がある

・あと、超対称物質が必要

という感じの流れでした。

まぁ後半全体を教えてもらいたいのだけど、以下のこと、知ってる人がいたらわかりやすく教えていただけないでしょうか?

・なんで、宇宙を逆戻しして、最初の一点まで戻すと既存の理論だと理論崩壊しちゃうの?

・量子力学のうちの、放射線崩壊をつかさどる弱い力ってあんまイメージがよくわからないけど、どういう作用が働く力?

・なんで閉じてるひもと端のあるひもがあるの?

・膜のイメージがよくわからん(ひもの次元が1個加わって平面的になったのはわかるとして、膜にひもがくっついてるってなるのはどーして?)

・グラビトンはなんで質量0でもいいわけ?あまりに質量が小さいから無視できるレベルだったってこと?

・グラビトンが加速粒子機で衝突した時別次元に逃げるかもって言ってたけど、別次元に逃げるってどーいうこっちゃねん?

・リザ=ラングドンだっけ?あの人の5次元の宇宙を途中まで読んでそのまま本を日本においてきちゃったんだけど、ひも理論つかってるのになんでラングトンだと5次元ですむわけ?なんかまくがうんたらってのはちょっと書いてあった気がするんだけど…


質問だらけで申し訳ないですが、知ってる人、ぜひとも教えてくださいな。全部まとめてとかじゃなくて全然いいので!お願いします!

結構気になってます。飯食う合間にみるものじゃなかったw
あと、物理学者頭良すぎてもうよくわからない。世界のイメージが付きにくすぎる。
街の研究で良かった…。

2010年11月16日火曜日

あれこれ

そういえば、数日前の枝野氏の発言”「与党になって、こんなに忙しいとは思わなかった。『政治主導』とうかつなことを言い大変なことになった。」にはマスコミが変に切り取ったにしても、本当に失望した。

官僚に対してもあまりに失礼だし、国民に対してあまりに失礼。
国動かす覚悟ないのか?
こいつら、どういう責任持って野党時代に与党叩いてたんだ?
そこらの批評家と一緒じゃないの…。

そして、国として外交的に修羅場を迎えてるだろのに国内では責任転嫁と与野党の足の引っ張り合い。
マスコミも、とりあえず何かが動くように、気を引くような動きに乗っけられるだけ。

こーいう時に国家が試されるんじゃないの?みてて悲しく なる動きだな…。

政治問題に対して大衆が色々親権に考えだしたって意味ではいい経験なんだろうけど、どんどんボスの言う悲しい未来に近付いているのは嫌だな…。

2010年11月11日木曜日

万国共通

今日の授業が終わってのこと。

たまたま、授業が終わって帰ろうとする俺とゆーだいと、これからさらに授業受けに行くカーラというドイツ人の女の子とヘタというフィンランド人の女の子とばったり。

こっちではとりあえず元気?というのがまぁ当たり前みたいな感じなので、とりあえずカーラがヘタに元気?と声をかけた。

まぁ、たいがいはoui ça vaと、元気と答えるのだが、どうも彼女は応募してたインターンの書類審査に落ちてしまったらしく元気じゃないとのこと。

しかも、話を聞いてるとどうやら受かった子のことを知っているらしく(フィンランド人限定のインターンだったらしい)、その子がまた、全然何にもできない子だそうな。

ヘタ曰く(以下、口調からニュアンスを読み取って日本風にしてます)

あの子は、ほんとに自分じゃなんもしないんだよ!
前だって、計算難しかった―とかいいながら、でも友達(男)がやってくれちゃった。とかいって。
ほんっとに何にもできない子なのになんであの子が受かるんだろ。もう最低…


みたいな感じだそうな。
みんなでそれは残念…みたいな顔をしてたのだが、

そこでそんな残念そうな顔してたカーラの一言…。

hmm,,,Elle est jolie?

訳すとすれば

そっか。。。彼女、美人なの?


このタイミングでなんていう一言www


そしてヘタは残念そうに、だが、こちらの予想通り

oui うん

と答えるのであった。


その瞬間何故かカーラの矛先が変わる。

あー、もうだから男の子は…!そうやって甘やかすからその子みたいなのが出てきちゃうのよ。
ヘタが落ちたのはあなた達のせいでもあるわよ!


!!


何故かいつの間にか責められる俺とゆーだい。

いやいや、そこ俺等関係ないから!

と思いつつ、たじろぐばかり。



ちなみに、カーラもヘタも普通に美人だと思うのだけど。

ていうか、2人が日本いたら、ちやほやされると思うんだけど…。

どこの国も、そういうのってあんま変わらないのね…。まさか国を超えてフランスでドイツ人に可愛いだけで甘やかすなと怒られるとは。




そして、まさか、あんな慰めるタイミングで、彼女美人なの?なんて質問が飛び出てくるとは思いもよらず。

完全にツボにはまってしまった。女の子は強いねw

2010年11月9日火曜日

貨物、航空の授業。

こっちの都市・交通でおもしろいなと思うのは、貨物に関しての授業が結構あること。
授業は取ってないけど貨物の授業2つくらいあった気がする。

東大は自分が見てきた限り、貨物とかをやってる先生って殆どいないっぽいし、I田先生もいつかの社会人講義で貨物の研究者が少ないことを嘆いていた。

 さらに言えば、空港関連にしても、空港のインフラ、国際交通(飛行機とか)に関する授業があったりする。

やっぱり東大にはない授業。


ポ ンショセ土木はフランスの土木を担っているので、仏が貨物や空港に力入れてるというのがこういうとこにも出てるんじゃなかろうか。
エールフランスがKLMを買収したこともあって、アムステルダムの港のネットワークとオランダ・フランスの飛行機のネットワークもあって、貨物はかなり拡大したはず。
そして、空港としてのシャルルドゴール、オルリーはヨーロッパの中でかなり巨大な空港(今ヒースローよりも大きいのかな?)

日本は、ここ数年のアジア諸国の台頭で港湾も空港もアジアの覇者の座を奪われてしまった。
東大土木や東大都市ってのは日本の土木とか都市の方向性を担っている部分はある(教育は大事だし、研究者がいるかどうかも大きい)ので、こういうところが実は効いてるんじゃないかと直感的には感じている。

同じようなことは資源とかにも言える気が。
レアアースの輸入問題でわーわーもめてたけど、資源学科はあんま人気ないみたいだし(シス創の人気は資源の人気ではないはず)。

国のトップの大学が力を入れてるかどうかってのは、国の方向性を決めているか、或いは国の方向性から大学の力の入れ方が変わるのでは?にわとりと卵でどっちが先かわからないけど。

そーなると、こうして開講されている授業を見ていても国家戦略としての違いが出てきている、、、ような気がしないでもない。

日本の場合は、一度資源にしろ貨物にしろ力を入れて、ある程度発展した、潮流がおわった時点で縮小して今に至るって可能性は否めないのでそんな安直に結びつけることはできないかもしれないけど、実際にこっちの学校に来て体験した結構重要な感覚なのではないかと思っている。

2010年11月7日日曜日

困った。

またもや余裕がなくなってきたぞ…

色々書きたいことはあるのだけど、全然やれる余裕がない。記憶がはっきりしてるうちに授業のこと、nuit blancheのこと書きたいんだけど…。

時間の使い方がまずいんだな。

んー、とりあえず明日はもっと勉強しないと色々全然間にあってないぞ…。

このままだと気付いたらフランス語の伸びも微妙なまま、流れに身を任せてるうちにクリスマスバカンスになってしまう。

2010年11月1日月曜日

美術館について思ったこと

日本の美術館や歴史的遺産は若者に対してもっと門戸を開くべきだと思う。今回スペインを旅して、そしてフランスの状況を振り返って改めて痛感した。

・ヨーロッパの美術への門戸の開き方

EU圏に住んでいる学生だとパリの美術館はほとんどお金がかからない。
オルセー美術館も、凱旋門も無料。
ベルギーの王立美術館は学生だと立った2ユーロ。プラド美術館も半額だった。ピカソのゲルニカがあるソフィア王妃美術館は無料。

ヨーロッパで学生をやってるとかなり気軽に美術館に足を運べる。とても入りやすい。

自分が高校生の時に留学した時は18歳以下だったのでほとんど全ての美術館が無料だった。
金を払ったのはカタコンブくらいか。あの時は4ユーロ位とられてケチくさいな!と憤慨していた思いがある。

・いかにして美術に関心を持つのか?

話は脱線したが、この”入りやすさ”は美術においては非常に大事なものだと思う。

美術に興味を持つかって、膨大な作品の中で、ごく少数のハッとさせられるモノに出会えるかどうかで決まると思うから。


そもそも美術に最初から興味をかなり持っている人など極少数だろう。

自分だって今でこそそこそこ芸術関連に興味があるけど、小さいころなんて興味のかけらもなかった。日光の修学旅行に行っても日光の良さなんて何も分からなかった。(それを感じたのは12年後だった)

じゃあ、どうやって興味を持つのか。

大概の人は、何気なく美術館に行っているうちに気付いたら、美術っていいかもって思ったか、ハッとさせられる作品に出会った結果、美術に興味を持ちだすんじゃないだろうか。


・入場料という壁

さて、そうなると沢山の作品を抵抗なく見られるかどうかというのは非常に効いてくる。

その抵抗の一つは間違いなく入場料金であろう。

まず、金が高かったら入らない。
学生で興味がないのになんで夕飯食えるような金を出してわけもわからん作品を見ないといけないのか、となるのは当然だろう。
ただ、それが0ならまぁ無料だしってなるだろうし、2ユーロならケバブよりも安いしちょっと時間つぶしにという気持ちになるかもしれない。日本なら吉牛より安いならまぁいいかもってなるかもしれん。
とにかく抵抗感は圧倒的に少なくなる。特に若い、金の無い学生にとっては。


・入場料における期待値というもう一つの壁

この第一の大きな壁を超える人はちょこちょこいると思う。何気なくニュースにつられて、美術好きの友達に誘われて、デートでetc

ただ、ここにはまた次の壁がある。これが結構問題なのだが、高い金を払って行ったところで感動するとは限らないのだ。

そうなると、期待値以下のものしか得られず、せっかく金払ったのになんだよ!となる。

これまた当然である。

けれど、美術館に行けば必ずいい作品に出会えるわけじゃない。

個人的体験に基づくが、実際興味を持って美術館に足を運ぶようになっても、行ってあぁいいなぁと感じる作品は多分1割にも満たない。

大概は、ふーん。で終わる。

更に困ったことには、美術館が掲げる有名な作品だからといって別に感動するとは限らない。

例えば、今回行ってきたプラド美術館で見た、かの有名な受胎告知はさしたる感動も抱かなかった。(ついでにいうとプラドにエルグレコの受胎告知があると思い込んでた。)
モナリザも別に感動した記憶はない。


けれど、ふらふら歩いているとおぉ、この絵なんかいいなぁっていう作品にふと出会う時がある。


この瞬間が極めて大事なのだ。

いつあるかわからないけど、自分にとってピーンと来る作品があったりするのだ。


これに出会えると、あぁ、金払って見に来たかいがあるなぁとなるのだろう。

多分だけど、この少数の自分に感銘をもたらす作品に出会えるかどうかで美術に対して興味が広がるかどうかが決定づけられると思っている。それがあるかないかでその後、美術に興味が出るかどうかが別れるはず。

この、美術に対する種みたいなのが芽を出すかどうかは宝くじみたいなものなのかもしれない。


けれど、興味がある自分にとっても実際にいいなぁと感じる作品はごく少数なのだから、元々興味がない人が関心を持つ確率はもっともっと低いはず。

となると、興味の無い人にとってはより当たる確率が低いくじを毎回引くようなことになるわけだ。

入場料が高いと、単純に得られたものが0どころか、期待値以下だったというマイナスのイメージになってしまい、よりいっそう距離を置いてしまう。1300円も払って期待外れだと時間も金も無駄にしたとかなり悔しい思いをさせられる。ついでに言わせてもらえば日本の美術作品を見る環境は終わっている。あんなにゴミゴミして並んで、人だかりをかき分けて見るなんて狂っている。


一方、料金が安いと期待値も少ないので、いい作品に出合えなかったらさっさと帰ればいいし、まぁこんなもんか、次にいいのがあればなぁとつなげられる。それで逆に感動する作品に出会えたなら、それは大いにプラスに働くだろう。


・現状の日本

長々と書いたけど、こんなわけで”入りやすさ”はとにかく効いてくる。

フランスは少なくても18歳まではほぼ全ての美術館が無料である。
だから、もし旅行に行って時間ができたらとりあえず覗いてみるはず。
いずれ書くつもりだが、nuit blancheのように徹夜でアートイベントなどが行われたりすると、パリはものすごい人だかりになる。彼らのアートへの関心は日本人のそれよりはずっと高い。

そして、残念ながら何気無く入って、あぁ美術館って良いかもって思える環境が今の日本にはあまりに整ってない。

大学になるとキャンパスメイトで例えば国立博物館などは無料で入れるようになるが、この時にはもうすでに興味の無い学生は足を運ぼうともしない。(そもそも、このこと自体があまり十分に告知されていない。)
自分は美術なんて興味ないよーと言って敬遠されてしまう。だから、もっと若いうちにそういう環境に親しみやすくしておかないといけない。


・海外の美術館のおかげ?

さらには、ここ最近友達と話していたり、スペインを旅行したりして思ったのだが、日本人ってこういう美術に対する門戸を他国や他国からのイベントに随分任せているのではないかと思い始めた。

例えばパリに観光に来た人は恐らくほぼ100% ”とりあえずルーブル美術館”に行く。
それが興味があろうが無かろうが、とりあえず行ったことが大事と友達はパリに来た時に行っていた。オルセーもしかり。ポンピドゥーもしかり。

地球の歩き方を見ていたって、例えばマドリッドだったら3大美術館の特集がなされているから当然それで足を運んで行く。

その結果、あ、美術っていいかもって気付く人とかが多いんじゃなかろうか。

自分もそう考えるとフランスにいる間に無料で美術館回りまくったのが、結果として絵画に対して興味を抱く結果をもたらしたのではないかと思っている。
少なくても自分にとってはオルセーで見たルーアン大聖堂を、実際に目の当たりにした時はとても感動したのを覚えている。


別に、それが悪いことだとは思わないし、結果としてそれで門戸が開かれるのはいいことだと思うけど、かなり限定されてしまうし、海外旅行という大きな壁を越えた人にしかそのチャンスはない。

・悪循環

日本にだって貴重な資源は沢山あるだろう。
北斎も広重もあるし、海外の作品だって、例えば国立西洋美術館やポーラ美術館なんてすごい良い作品が沢山ある。
国立博物館の常設展に行けば風神雷神図も見れる。
けれど、いかんせん門戸はこっちの国のように開かれていない。

開かれていないから結果として一部の人間しか興味が持たないから、枠は広がっていかない。

結果として興味を持たないまま大人になってしまうから、さらには政策を決める側にそういう人達がいないとよりいっそうこういった美術面は重視されなくなってしまう。(実情は知らないが、政策決定側にだけ美術に興味を持ってる人が沢山いるってことはないだろう)。

となると悪循環は続く一方。

日本の美術関連への風当たりは非常につらい。

どこで転換期を迎えるのかはわからないが、どこかで転換しないと益々文化が弱まってしまうのでは?

仕分けなんかで採算性格だけで判断されたりするのはあまりに愚かだし、こういうことが起きるのはこの国の文化面の疎さだと思う。いいもの持ってるのに。

フランスも終わってるとこは沢山ある。書きだしたら止まらない。が、こと文化面に関して多いに見習うべきではなかろうか。

もう、ひたすら成長を目指す時期じゃなくなったし、成熟してきた日本にとって、こういう側面は本当は大事なものなんじゃないの?と切実に思う。

2010年10月24日日曜日

すっかり寒くなってしまったパリ。今日は空模様があまりよろしくない。

スーパーに食材を買いに行っている途中に夕立に降られてしまった。

買い物をして、外で雨宿り。

雨宿りなんてしたのは久しぶり。

わずか5分程度だったような気がする。

ちょうどクラシックギターの曲を聴いていた。

吉松隆の空色テンソルだっけ。雨によく映える。

あまりに寒くて今日はじめてきたPコートに手を突っ込むと固い紙が入っていた。

とりだしてみると快速三重の回数券の領収書が入っていた。

インターで卒業旅行いったのももう半年も前の出来事。

そのうち雨が弱まってきたので少し濡れながら家路に着いた。

2010年10月20日水曜日

First Impression

なかなか書く時間ができなかったけど、こればかりはどうしても書かないといけないし、もう少ししたら忘れて行ってしまう気がしたのでなんとか今書きとどめようと思う。

パリに初めて来た時に何を感じたか。


初めてパリに行ったのは確か9月2日だったと思う。

学科の同期のH瀬と二人でパリにでた。H瀬はヨーロッパデビュー。自分もパリをまともに見るのは2004年以来だから実に6年ぶりだった。

街並みを見て感動するH瀬。

これまでヨーロッパは一通りぐるっと回ってきた。総計150日くらいいたはずだから、100都市位はみてるはず。だから、街に対してものすごい感動っていうのはなかったけれど、

この街はそういう印象を与えられる街なんだなと思ったのが最初だった。


Chateletから少し南に下って、セーヌ川沿いへ。

途中少し迷いながらオープンカフェを見て、

悔しいけど、きまっていると思った。

彼らの振る舞いはごく自然であって、誇張する雰囲気は何もない。
それが逆にカッコいい。洗練された雰囲気を醸し出している。
”当たり前&さりげない”その感じ。

さりげなさといえば、例えば屋根を少し壁面後退させて傾斜をつけて小窓をつける、とか、窓際に花を飾るとか、ちょっと柵にデザイン的工夫を凝らすとか、そういったさりげなさが随所にみられる。そして、これらのさりげなさが総体としてものすごい効いている気がする。
あれがなかったらイメージは全然違ったと思う。パリの郊外の新興住宅にはそれが感じられないから巴里っぽさはほとんど感じない。

これは実感としても感じたし、パリを建築家が語るDVDでも行っていたし、建築家の知り合いの方も仰っていた。


実際にはそのさりげない工夫と、ごく何気なく醸し出すあのカフェの雰囲気や市民の生活が日本人や世界各国の観光客を呼びつけるひとつの要因となっているんだろう。



さて、悔しいけど、と書いたように自分は正直な話パリという街はそこまで大好きではない。

初めてフランスに来た時はLa Rochelleという大西洋沿いの小さな港町(日本で言うと岡山的なポジション)にいたし、その後フランス国内をまわったけれど、フランスの地方都市に魅了されていたので、パリの雰囲気はそこまで魅了するものではなかった。

それでも、改めてパリを歩いてみると、すごい街だと思わざるを得なかった。

セーヌ川沿いの建物を見て、普通の建物がこれだけ迫力持っているのはすごい、というH瀬の話を聞いて、この建物達がわりとオースマン時代に構築されたことを思い出す。


オースマン、もといナポレオン3世の時代なのだから1850年とか1900年の話なんだ。
パリはオースマン計画で大きく変わった。当時の家は壊され5階建てや4階建ての中庭式の住居が作られ、軸線が強調され…。

だから、今パリでごく当たり前に目にする”かっこいい街並み”と称されるものはまだ100歳ちょっとなのだ。

知っていたようで気付いてはいなかったこの感じ。たった100年を経ればこの雰囲気と風格はだせるのだと。イタリアの街や古都と言われるような場所はそれ こそ10世紀とか15世紀とか本当に昔の世界が今も残っているけど、パリは、要所要所は確かに古いけど全体としては新しい街なんだろうと思う。

日本は確かに惜しいことをしたし、関東は2回も焼け野原になっているということはあるけど、それでも戦後から50年以上を経ている。
あの時、あの時もう少し頑張っていれば(勿論、当時の成長と当時の復興計画がいかに大変だったかというのは話を聞いているだけでも凄いものだと思うけど)東京だって、東洋を代表する素敵な都市になったんじゃないかと。
そして、今からでも100年先のことを考えてそれに耐えられるものを作っていけば…。まぁ、創造の話だけれど。

少し話がその後の考えとも混じっているような気がするが、そんなことをちょこっと話ながらオルセー美術館に向かう。

オルセー美術館は最も好きな美術館のひとつ。スケールも好きだし、作品も大好き。
そして、あの美術館それ自体がかっこいい。
地獄の門がある入口の向かい側の3階?から当時の駅舎の姿を覗くことができるのだが、これがまた見事なのだ。誇りと自信を持ってこれはうちの財産だと言えるような駅舎だと思う。
形状としては普通のアーチなのだけど、見ていて飽きることない風格がある。
美術館に転用したって、何一つ作品に負けないどころか作品を凌駕する雰囲気を持っている。

要所要所にあるこうした資源達は魅力的。
セーヌ川沿いをずっと歩くだけでこうした存在(エッフェル塔があり、グランパレ、プティパレがあり、オルセーが、ルーブルが、ノートルダムが…etc)が所々存在する。


なんて思いをいだきつつ、2人でパリ観光を楽しんだのであった。

小さな工夫とさりげなさを持つまだ若い建物と、そして要所要所に点在するシンボリックかつ歴史的な資源達。そこに現代的な建物や文化、人間の活動が重なっていく。
構成するものとしてはごく単純だけれど、非常に重層的。作られた時間は短いけれど密に何重にも重なっているんだろうと思う。
そして、きっとあの街としてのスケールも影響しているのだろう。実際にパリを観光する人達は13~20区はそんなに見ていないはず。ごく小さなあのセーヌ 川沿いの歩けるスケールに重層的に固まる存在がより強固な”パリ”を作っているのだろう。(東京だって魅力的な街は沢山あるけどいかんせんその散布密度は 低い気がする)


あぁ、そうするとここまで人を惹き寄せる街ができあがるのかと。

そんな思いを抱いたのがパリ初期の印象。

これでもすこし書くのが遅れてしまって途中考えたことが色々と紛れ込んでいるけれど。

これからパリをもっとしらみつぶしに歩いてその印象が1年半後にどう変わっていくんだろうか。或いは変わらずにより確信を抱いて行くのだろうか。

2010年10月17日日曜日

Bruxelles

先週末の日曜は日帰りブリュッセル。
日本から遊びに来た武蔵サッカー部メンバーで旅してきた。

細かい旅は下に書いておくけど今日は日帰り。
パリとブリュッセルの間はタリスという高速鉄道が走っている。赤い特急。1時間20分なので、名古屋に新幹線で行くようなものなのかな。
行きのチケットは44ユーロの2等、帰りは69ユーロの一等だった。帰りは買うのが前日夜だったので、てっきり2等だと思ってたのだけどどうやら2等が満席で一等になっていたらしい。

まぁ、相場的にもそんなもんだし、しょうがないよねってことで納得していた。

無事ブリュッセルついて存分に観光(ルネマグリット美術館素晴らしかったし、ミサもちょっと聞いたし)。その代わり、夜はレストランで食べるには時間がちょっと足りないので旅のお供 ギロス(ほぼケバブ。ケバブギリシャ風)を頼んで、ポテト&マヨネーズ(ベルギースタイル)を食べてお腹パンパンに。

後はタリスでベルギービール飲みながら帰るだけっしょ!とスーパーでベルギービール買って満足してタリスへ…


そう、ここで事件は起こった。

いや、一等席なので広い広い。やべー、これは寝れるな!とか言いながら金の清算をして、さー、ビール飲んで乾杯するか!って時に

ふと後ろを見ると…。

おばちゃんが車内食をもらっとる。

…?

あれ?これ何?あの人予約したの?

と動揺する4人。(みんなヨーロッパが初めてではないです)

一等車だからって車内食つくってことはないっしょ?(全員ヨーロッパは今回が2度目以上)

机の上にはお菓子とビールが7,8本。荒れ放題もいいところ。

自分達の番になって思わず聞いてしまった。

”これ、オプションでお金払わないといけないんですか?それともサービスに含まれているんですか?”って…(個人的にタリス乗るのはこれが3回目)

そしたら、”あ、えぇ。一等席ですから…”

と返されてしまった。まじ恥ずかしい。一等車とか慣れてないのがあまりにばればれすぎる。(TGVの一等席でこんなサービス受けたことない。)

しかも質問したのは俺だけなうえふら語で質問したから恥ずかしさを共有できる人がいない。 (ちなみに通路向かいは日本人夫婦だったのでそこにはばれなかったのか…?)

しかも、とりあえずもらえるなら…ということで全員車内食を注文。

なんて悲しいサガ。

みんなお腹いっぱいなので、ここまでいくと拷問や。。。とか思いながらひぃひぃいいながら食べた。

2つくらい頼んで分ければいいのに。日本ってそういう文化やん?という発想は誰もが食べ始めるまで思わなかった…。

80分のタリス。

なんとか一通り食べ終わった時には既に50分が経過していたとさ。


あまりに食べるのに疲れたうえ度数の高いベルギービールで完全によってみんな死にそうになってた(笑)


夜のタリスの一等車に乗る時には気をつけましょう。普通に夕食代浮くし、車内食なんておしゃれな体験が味わえます。




おまけ。



旅日記

4年ぶりのブリュッセルは、やっぱり楽しかった。街はきれいだし、市庁舎はカッコいい。あんな市庁舎で働けるって誇りだなぁと思う。パリ市庁舎もめちゃくちゃカッコいいけど。

小さな街だと改めて歩いて実感したが、風格のある街。



大広場を見、残念な小便小僧を見、お昼を食べようとふらふら歩いきつつ、どこの店が信用できるかなーと物色していたら見覚えのあるお店。


あ、、、

ここ、多分あっちゃんが4年前連れて行ってくれたお店だ!

というわけで4年ぶりにLeonに行ってきた。確かここだよね?このT字路のとこで小便少女見てげんなりした後いったんだよね??

昼間からベルギービールをたしなみ、かきやらムールフリットを食べ、小便少女みてげんなりした後、王宮やら大聖堂へ。

ここは4年前は行かなかった気がするんだけど、随分とステンドグラスが奇麗なところだった。

あれはガラスに直接絵を描いているのかな。決めが余りに細かすぎる。


その後は王宮経由で美術館へ。

時間がないのとメンバーの半分は興味なかったので、1時間後に集合という形で、たろーと二人で去年できたルネマグリット美術館へ。

学生は2ユーロで済むのだが、ここがまた素晴らしかった。

細かいフランス語やドイツ語を見る時間はなかったのでかなりすっ飛ばしていたが、作品と自伝みたいのとをうまく組み合わせていたし、なによりマグリッドの作品が素晴らしかった。

名前は知ってたけど、こんな面白い作品作ってる人なのかと。シュールレアリズムの代表格のダリよりもこっちの方が自分はずっと好き。

ああ、こんなアイデアあるんだなぁと感心しっぱなしだった。

ベルギー王立美術館もめちゃくちゃでかいし(昔は3時間後に集合!とかやったたけど全然見きれなかった)、美術館クオリティ高い。

帰りがけにミサをちょこっと覗かせてもらって、パイプオルガンの響きを少しだけ味わってケバブを食ってタリスに乗るのでした…。

美術館付近からの風景。ブリュッセルは色んな時代が積層してる感じが判っておもしろい。


めちゃくちゃかっこいい市庁舎。こんなところで働けたら公務員としての誇りもさぞかしあるんだろうなぁと思う 

2010年10月3日日曜日

La Crise MIRIN.

わざわざ遠出して日本食品店にいって

みりん
ぽんず
料理酒
味噌
焼き肉のたれ
胡麻ドレッシング

を購入した。

岩田の分の胡麻ドレと料理酒もあったので

重い思いをして部屋に帰って

ふと裏を見ると…


胡麻ドレッシング

賞味期限
10月24日

!!!!!!!!!!!!

おいおい、使いきれるわけねーだろ!


まさか。。。



不安になって他のも見てみることにした。

すると。。


焼き肉のたれ

11月4日…


料理酒
12月10日

無理でしょ。

ポン酢が2012年、味噌が来年2月っての以外無理。無茶。


極めつけ


みりんの賞味期限






10月4日


\(゜ロ\)(/ロ゜)/


04.10.2010


(゜-゜)


orz

明後日じゃねーか!!!!!

どこのどいつが2日でみりん500ml消費できるんだ。


この前近くのスーパーで手に取った鶏肉は賞味期限すでに1日過ぎてたから、食品は結構賞味期限を見るようにしてたけど…だって日本人経営の店だし。うぅ。

日本食品店だからって安心した俺がバカだったのか…

調味料の賞味期限は流石に確認しないって…(味噌だけ見たけど)


うん、だめだ。フランスはあてにならん。


というわけでお店に電話。

フランス人は賞味期限の概念とかなんか日本とずれてそうなので説明するだけ無駄と判断し、即座に電話して即座に日本語喋れる人に代わってもらう。


流石そこは日本人のサービス精神は持ってるらしく、とりあえず来週以降在庫確認含めて対応してもらえるみたいだけど、またあの店まで行くのだるいんだよなぁ…。12番線の南の方だし。日本人だしこっちまで無料配送してくれないかなー。

パリ往復するだけで新しい焼き肉のたれ買えるんですけどー。

ちなみに日本食の値段はこんな感じになってます。

エバラ 焼肉のたれ 黄金の味 中辛 210G 5.79 €
タカラ 本みりん 600ML 6.20 €
ミツカン 米酢 500ML 4.50 €
ミツカン すし酢 500ML 4.88 €
ブルドック とんかつソース 300ML 3.40 €
ect


つづく。

2010年10月1日金曜日

河川港

日本にいると、港=海という考えがどうしても着いてしまうらしい。

日本の河川で物資運搬とかが盛んだったのってかなり昔の話。

江戸時代とかは江戸は水路の街として栄えたし、利根川とか交易上利用されていた(よね、確か)。
京都の琵琶湖疏水が誕生したのも、もともとは遷都して衰退が予測される京都が活気を失わないように、琵琶湖から疏水引いて日本海側で当時盛んだった交易を京都まで延伸するのが目的の一つだった。
まぁ、それでも20世紀のお話。

今の河川は木材運んだり、一部の物資は運んだりするけど日本の戦略上重要な河川港ってのはないはず。

そんな前提で、ストラスブールの河川港を見に行った時は、いかに重要性を説明されても、いや、だって河川港がそんな大事って言われてもなぁ。なんでここをこんなじっくり見て回るんだろうとフランス語の理解力のなさも手伝って、いまいち理解ができなかった。



パリに戻ってきて、後でネットで検索してたら、それが違うということがよくわかった。

陸続きのヨーロッパ、そして日本みたいに急峻な河川じゃない川ってのは交易上今も非常に重要な存在なんだね。
スペインは交易に使える河川があまりないらしいけど、国家間をまたぐ上、内陸国のドイツとかにとっては河川ってのは大量輸送を最もしやすい極めて重要な手段だということに気付かされた。

考えてみれば、当たり前なのかもしれないのだけど、勝手な前提が働いていてなかなか気付けなかった。

パリも同じ。フランス最大の都市でありながら完全なる内陸都市なので、物資の運送はかのセーヌ川に頼ることになる。

パリの北西をちょっと行った先にあるporte de clichyを抜けていくと、巨大なコンテナ置き場とクレーン、東京湾でみかけるようなあんな風景が広がっていた。
『あぁ、セーヌ川ってあのおしゃれな街のおしゃれな川ね』っていうイメージのかけらはそこにはなく、インフラの生々しさと力強さが広がっている。

ここから川を下ってle Havreに物資を運びイタリヤやポルトガル、イギリスなど様々な国に輸出入を行うそうだ。
パリ港、ルーアブルはセーヌ川で結ばれた非常に大事な関係にある。



実際、現在のグランパリ計画ではセーヌ川を一つの国土計画の軸として、パリ、ルアーブルだけでなく河川上のライン(にあるルーアン、カンなども)を発展させていくらしい。

フランスの思想家ジャック・アタリもセーヌ川は今後100年のパリを考えるにあたって中核をなす存在になるといった内容の本を出版しているらしい。


日本にいたら気付かされることはなかったであろう河川港の重要性。




日本にこういう関係性って今もあるのかな?宗教上の行事として、木曽川上流の木を切って流して下流まで運んで伊勢神宮の遷宮に使うって意味では非常に重要だけど、交易上ってのはあまり見かけられない気がする。

そういえば、夏学期にI田さんが港湾の戦略についての授業をまちづくり大学院で一回講義してたんだけど、こういうコンテナ港って、ちょっとmoche(汚い)のはあるけど、やっぱり迫力とエネルギーに溢れてるんだよね。

自分が土木の学生なのもあるけど、やっぱり見ていて面白いし、日本じゃ考えられないけどコンテナクレーンの真下でヘルメットもつけずにコンテナを釣り上げるシーンを見ているとおおおおおぉってなるよねやっぱ。


それだけに、こういう巨大インフラ施設を隠さずにまちづくりに活かすことを考えないといけない。既存の考え方にはない港湾のあり方を考えることが必要だという髭先生の言うことにはなるほどと思わされる。
横浜も今見えるのはかつての港湾のあとの港未来であって、現在の港にはスポットは当てられていない。
安全上の問題や運用の問題を考えると迂闊に見学っていう手は使えないけど、軍艦島の人気やD滑走路の見学ツアーの人気なんかを考えているとまだまだ可能性は色々ありそう。

2010年9月24日金曜日

プチエピソードs

フランスに来て3週間が経った。

あっという間。怒涛の勢いで日常が過ぎ去っていきます。


エピソードをちょこちょこ。


@学食

学食はとても良い。
学校の生徒だとカードをもらうんだけど、それがあると全てのメニューが2.24ユーロ引き。

普段の定食(ハンバーグと野菜)+パンで3.72ユーロが

あれよあれよと1.48ユーロになるじゃない。

ユーロが安いので180円くらい。すばらしい。

味は東大<<ポン<東洋大

てな感じだけど、中央食堂より安いしうまいので文句なし。ラロッシェルの時よりも飯うめぇ。

加えて、フランス人の適当さが発揮されるので普通にレジのうち忘れがあったりする。

今日は2.7ユーロのオムレツと80セントでフルーツポンチの小皿を取ったのだけど、前に並んでいた友達はカウントされているのに俺のレシートには表記なし。

時折こういうことが起きる。

本日のお昼代46セント。

豚麺より安いですよ…。
(因みにカフェテリアのカフェは43セント。カフェオレは68セント)


@メガネ
視力検査したら0.6、0.8とかでメガネをかけた方がいいから病院に相談に行きなさいと言われた…

たしかに卒論期あたりからかなり視力下がってる実感はあったんだけど、裸眼で今まで耐えてきたのでいざいわれるとショック。

卒業するのは学士と修士だけで十分だったのに裸眼も卒業になりかけてます。

社会保障の申し込みが終わるまではいかないけど、こんななら日本で作ってくれば良かっただよ…。

@授業

先週は学科旅行で、今週は再びフランス語。

今週は、プレゼンしよう!みたいな流れになったので毎日le mondeとかから先生が抜粋してきた自分の専門に関連するテキスト2pくらいを2~3分で発表する+10分のプレゼン(パワポ)をやりつつビデオみたりなんやり。

ミニプレゼンがなかなかきつい。語彙がないので読むのが遅いうえ、専門に関連する言葉なので割と丁寧に単語も調べてるのでこれやるだけで1時間半とかかかる時もある。

先生は滅茶滅茶いい人だし、5分野に分かれてる自分達のためにそれぞれ興味ありそうなテキスト毎回探してくれたりと、一切文句はないんだけど、社基のレポートラッシュの生活がずっと続いている感じ。

@ビュッフェ

僕らはポンにとってパイオニア。初年度が大事ということで昨日日本人7人(別のプログラムで4人来てる)と今度日本に行くフランス人と、日本語の先生と、事務の人やチューターに加えて在仏日本大使館の方までやってきた。

30人くらいいたのかなぁ。

たまたま隣に座った人が大使館の方で、フランス語はどこで勉強したのみたいな話になったので

「フランス語はちょっと高校でやってて、学校の交換留学で2カ月ラロッシェルにいたこともあったんです」

「あ、武蔵とか?」

!!

「そうです。」

「僕も、中高で6年フランス語やってたんだよね」

「…ギョーセイとかですか?」

「そうそう、僕、インタークラスだったんだよね。」

!!!!!!

てわけでギョウセイ→インター96の方でした。国交省から今は派遣でこっちにきているらしい。

大使館から2人やってきたうちの一人がインターなんてねぇ。まさかあんなところで会うなんて思いもよらなんだ。

日本語の授業にも参加することが決まったのでラロッシェル時代の再現が起こりそうな。


@フランス語

とりあえず、ラロッシェル時代のピークを超えた気がする。そう考えるとあの時は大したことなかったなとか思うけど…まぁしょうがないよね。自分のせいだし。流石に着いたばかりの時はやっぱひどかったみたいで、事務の人達にフランス語大分伸びてるわよと言われた。
とりあえず、もう当時の勘が戻ってないからまだ駄目だ―みたいな言い訳はできない段階になりました。
こっからは地力をほんとにあげてかないと。


本格的授業開始まであと10日くらい。

あひゃー。

2010年9月22日水曜日

Grand paris

まだまだ勉強不足なので、判ってないことも多いのだけど

grand paris計画って結構本郷キャンパスの現状と近いんじゃないかなーと思ったり。

Grand parisはパリをもっと大きくして、今の外枠を取っ払ってもっと拡大していこうみたいなのが基本概念なんだけど、パリの外延部(高速道路がringとして走る縁あたり)に次々と高層ビル計画が立ちあがっている。

理由は、極度の住宅難。

パリに学生が住むのは比較的楽(高いけど)だけど、社会人がパリに住むのはそれはもう大変で大変で、高いし探すの大変だしともうとんでもないことになっているそうな。

というのもあって日本と同じようにベットタウンに住んでたりする人が多いのだけど、パリと日本の違いはパリの中心部は美術館の様な街であるべきだから高さ37m以上のものは基本的に立てない!ってのが方針だった。(日本も前は31m制限だったから、むしろこっちの方が規制厳しかったんだよね)

パリ内部でひとつ頭飛び出ているモンパルナス駅(59階建て)に我も続けと周縁部で4つほど高層ビル計画が立ちあがっているらしい。
一度はリーマンショックで立ち消えたけど、今のままだと計画は進むのではなかろうか。

ラ・デファンスにも新しいシンボルとなる塔が立とうとしているし、パリは過渡期にある。

本郷も、住宅難なのは同じ。すでに飽和状態で塀もありこれ以上広げられない中、敷地を増やすには縦に伸ばすしかない。

土地がない理学部がびよーんと延ばした結果が安田講堂の景観破壊。駒場の18号も似たようなものだけど。

今、歴史的建造物だった工学部3号館が取り壊されている。
多分、これからも垂直思考自体は続くのだろう。学際プロジェクトで新しい部屋はどんどん必要になるわけだし、分野も多様化していくわけだし。

まぁ、東大の建物なんて関東大震災後のたかだか70年じゃないというかもしれないけど、
歴史的な街並みと言われるパリも、キーとなる建物は確かに古いけど、普通に街並みを構成するオースマンが建てた5階建ての中庭付きの建物達は19世紀末に建てられてるからまだ120,130歳くらいなんだから、そこまでものすごい差があるわけじゃない気がする。

それをあまり感じさせないところがパリの凄いところなのかもしれないけれど。

城壁を取り壊して外に広がっていくのか、垂直思考を続けるのか。地下に潜るのか、街の保護のため住宅難には我慢をしてもらうか。スケールは違うけど、考えるべきことは割と同じだしとても深いきがしてならない。

とりあえずは、もっとオースマン計画についてしっかり学んでgrand parisについても理解を深めないとな。

2010年9月20日月曜日

Journee Du Patrimoine

今週末はjournee du Patrimoineです。文化遺産の日…って訳すのか?まぁいいや。

とりあえず普段は入れないところ(国会議事堂とか大統領の住んでるエリゼ宮)には入れたり、美術館が無料になったりとまぁなんとも文化政策に金を使うフランスらしいイベント。

スペイン人とフランス人とゆーだいと言ったわけだけど、スペインはこんなに派手にやらんとのこと。

スペイン人が、カーラ・ブルーニがエリゼ宮にいて写真とってくれるらしいから行こうよというので、OKと軽く約束して8時半に寮の入り口に集合したわけです。

この時点ではさっさと写真撮って午後はコーヒー飲みながらカフェで勉強して、ポーランド博物館?でショパンのコンサート45分聞いて帰ろうとか思ってた。

そう、それはあまりにも甘い見込みだとはこの時はつゆ知らず。


で、9時ちょいにエリゼ宮に着。

ちょっと並ぶのかな―と思ったら

あほみたいに並んでます。

ここは特別展やってる東京の美術館か?と思うくらい。

現実はそれよりもっとひどくて、結構入口近くに既に2時間待ちとの表記。

自分達がいるのはその遥かはるか後方。こりゃ何時間待ちだい?と

ぶっちゃけ大統領夫人と写真撮ることにそこまで意欲がなかったのでこの時点でちょっと帰りたいなぁと思ったものの言いだせず。

4時間待ちかなぁとかそんな話をしたりゲームしたりして2時間。


結構進んだのかなぁと思ったら

ここから4時間待ち


という悲しい現実を突きつけられる。

フランス人の友達の中国人2人と合流した時点でもはや帰るに帰ると言えず完全に諦め。

一人は日本にいたこともあって日本語が結構喋れるのと、フランス人の友達はインターンで中国に行ってたのもあって、その後もフランス語中国語日本語入り混じって会話。




・…


そう、そしてようやく、ほんとにようやく

17時半頃にエリゼ宮着。

厳しい荷物チェックを受けてようやく知る。

サルコジ夫妻はアメリカなう。


7時間。

今日一日を無駄にして、わざわざ並んだのに、いないの?ていうか何しに来たのさ僕ら。

しかも、あんだけ並んだのに入口入ったら入ったで庭でまた長蛇の列が。

絶望しつつ、日本で首相官邸公開とかなったらこんなに並ぶんだろうかとか激しく疑問を抱きつつ、拝見。

インテリアにはあまり興味がないので歴史あるイスやら色々あるな―へーへー。とか思いながら見学終了。

身も心もぼろぼろになってカフェで一休みして寮に帰宅。

12時間のミニトリップ。

こんだけ並んだの生まれて初めて。
そして最初で最後だと思う。

来年もjournee du patrimoineの時はフランスいるけど、エリゼ宮だけは絶対に行かない。

jamais.....

2010年9月18日土曜日

TGVとストラスブール

9月12日。
学科旅行にいざいかんとして冷蔵庫の中を空っぽにすべく調理をし、12時43分(とこの時は思っていた)電車に乗ろうと、11:54分に着く電車に乗る。

準備万端と思ってRERに乗ってリヨン駅へ。

行先はストラスブール。

Eチケットだったのだけど、さらになんか発見しないといけないのかな?ともって自販機でがちゃがちゃいじるも何もでてこない。

なんかおかしい。

そして、電光掲示板をみると、電車がない。

あれ?



慌てて時間をチェックすると出発時間は12時24分

この時12時7分とか。

ていうか、駅、リヨン駅じゃなくて東駅だ。

パニック。

パニックですよ。ていうかもはや間にあうとは思えないものの、僅かな望みをたくして駅員に最短の行き方を聞いて、
RERで1駅進み、4番線に飛び乗る。

たまたま、運よくRERが来て、

4番線も階段駆け上がったその瞬間にメトロがやってきた。

rerも5分おきとかだし、メトロの次の電車は7分後。乗り遅れてたら確実に遅刻。

その後はここから6駅。

日本の感覚だと既にles hallesで12:13だったのでもうオワタと思っていたのだけど、パリのメトロは駅ごとの間隔がすごい小さいので何とか20分に到着。

ホームをダッシュしてなんとか、2分前に奇跡的に到着。

しばらくは自分の持ってたeチケットがコンポストしないといけないのかよくわからなくて焦っていたけど、それも無事解決。

余裕ぶっこいて50ユーロをパーにするところだったのでほんとによかった。


日本で言うと、東北新幹線に乗らないといけないのに品川に行っちゃった感じなんだろうか。
基本的に東京・上野・品川と全部山手線で一本で移動できるのに対して、パリの国鉄は一個一個が離れている上に、だいたいが乗り換えをしないと着けないので結構大変。
中心街にはその代わり線路はない(メトロとバス)のだけど、旅行する側からしてみると、例えば南西部からやってきて今度は東へ~なんていうと基本的に30分くらいは覚悟しないといけない。トランク持って階段をあがるのはなかなかしんどい。
日本だったら東京駅まで新幹線で行ってそのまま東北新幹線とか上越新幹線乗ればすぐなのでそこでの負担の度合いはだいぶ違う。

今回はバックパックだった上にホントに運がよかったのであれだけど。

そんなかんだで疲れてTGVではぐっすり寝て、ストラスブールへ行ったとさ。

みんなが乗る電車より一本早かったので一人ストラスブール観光。


結構大胆なリノベーション。嫌いじゃない。

さて、ストラスブールはトラムで中心市街地活性化をした代表的な街

としか知識がなかったので

さっそくトラム。


この街はトラム導入をきっかけに中心市街地への車を排除し、駅の整備も景観を考慮しながら行ったはず。
トラムのデザインもカッコ良くて、窓の開口部が非常に広い。割と頻繁に来るので便利。

中のデザインも結構カッコいいんだよね。

中からも景色がすごいよく見えるので結構楽しい。
こういう細かいことが実は結構大事なんじゃなかろうかと思う。

ドイツ国境沿いの町なので、ドイツっぽい木造の建物とか、煉瓦の色がちょっと独特。

小さいけどなかなか可愛い町。ただ、2時間くらいで飽きる。

うーん、意外とブログ使いづらいな。mixiのが便利な気がしてきたぞ。

2010年6月9日水曜日

資源について思うこと

あまりまとまってないけど、いったん書くことが大事と判断したので殴り書き。そのうちもっと整理がついたらrewriteしよう。


資源ナショナリズムが高まっていると資源戦略学の授業で受けたのだが、開発だけ許して、取った資源は全部輸出され、加工は全部他国にやられるっていう現状自体の方がむしろおかしかったのではないかと思う。
日本の昭和50年代の地図をみると、鉱山はほっとんどないのに精錬工場はめちゃめちゃ沢山ある。これで成り立ってたのだから不思議。
それで、今途上国が、精錬までは自分の国でやると言いだしてこれを囲い込みというのはなんかおかしいのではないか。

五月祭でボツワナの話を聞いた。ダイヤモンドがGDPの1/3を占めるそうだ。でも、多分鉱山開発の一部はどっかの商社に買われているのだろう。 だからもし将来的にもっと小出しにしようとか思ってもストローで吸われていくかのようにそこは吸い取られてしまう。伸び盛りの今、国の発展のために金が必 要なのはわかる。
けれど、もう少し資源の戦略的マネジメントを行った方がいいのではないか。ダイヤモンドのような希少製品をもっと自国でしっかり握って市場のコントロール権に近づくか握ってしまうくらいの勢いが必要なのではないだろうか。

オイルにしても、ダイヤにしても、結局先進国がさーっと入ってきて商社などが上手く出資して自国の分を確保し、市場のコントロールも握ってしま う。先進国の安定のための賢い方策なのだろうが、資源の重要性を考えると資源保有国の戦略性を使えばもっと先進国に対抗できる気がする。ていうか主導権を 握るべきなんじゃないかと思う。アフリカがよくもっと援助をとか言うけれど、資源分野において主導権を握れれば(ここが猛烈に難しいのだろうが)、もっと 長期的に発展できるし、援助援助言わなくても自立に近づけるし、国が腐らなければそれこそ貧困問題とかもっと解決できるのではないのだろうか。
開発経済の理念がしっかりとわかっていないからあまり良くは言えないのだけど、こういう搾取の構造変えた方がはるかに効果的なんでねーの?とか思ってしまう。

さてさて、日本は今まで鉱物資源を中国を筆頭に世界各国から輸入していたらしいが、中国が発展してきたこともあって、国内需要が高まった結果、日 本の鉱物需要過多になってしまったらしい。そんなわけで海外に新たな出資先を探したり(イランでレアメタル探したり)、投資をしたり、リサイクル技術で既 存の国内にある資源をなんとかやりくりしようとする方針を立てているそうな。
なるほど、まったく正しいやり方だとは思う。
日本に存在していないけどどうしても必要な資源があるのだから、最初から自分たちで見つけて金払って土地買って出資して日本の資源化するのはとて も大事だと思う。頑張れ商社。って思う。が、個人的にはそういう海外での投資をして日本の資源を確保するというやり方を応援しつつも、上記のように途上国 で資源保有国にはもっと主導権を握れるよう頑張ってもらいたい。
どっち応援してるんだって話だ。


とか色々思うのだけど

そもそも、そこまでして本当に資源は必要なのか?いや、資源は必要なのだが、そこまでの量の資源が必要なのかと感じてしまう。

与えられた資源を的確に再分配して効用を高める

のはいいんだけど、与えられた資源に対しての制限って概念は経済学にあるんだろーか?
石油がなくなるやべー。なんか別のエネルギーを!と考えているのをみるとそういう発想ってのはないように思える。
便利・合理性を求めるのはいいのだが、その歯止めみたいなのが一切見えないのが非常に怖い。
エスコンディーダだっけ?世界最大の銅山の画像はなかなかすごいインパクトだったのだが、地球の中何キロも掘り返して地球からその資源が消えるような勢いを持ってまで資源を使わないといけないのだろうか。
レアメタルとかも車やら携帯やら必要不可欠なのはわかる。わかるのだが、資源がある限りひたすら生産するという流れにはあまり納得ができない。

自然に変に手を出すと痛い目に合うっていうのはなんとなく肌で感じだして頑張って世界でブレーキかけようとしてるけど、資源だって似たようなもんなんじゃないのだろうか。


ていうか、ここまでして便利さと合理性を突き詰めて得られるものって何なんだ?


とか資源のことを考えると必然的に”農”にも関心が出てくる最近。
後、経済はやっぱ避けられない。新自由主義には結構懐疑的なので(景観なんぞその被害を見事に食らってるし、もっと別の価値が色々あるだろうと思う)マクロとか経済史は勉強しないとなーんも言えないのだよなぁ。